鶴上修樹

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『哀愁を誘う』

 誰もが住む家へと帰っていく夕暮れの中、高校生の僕は、公園のブランコに一人座っていた。放課後、僕は美人の先輩に告白したのだが、結果は見事に玉砕し、メンタルがボロボロになっていた。しかも、夕暮れが哀愁を誘ってくるから、余計に落ち込んでしまう。
「あっ! いたいたぁー!」
 静けさのある公園から、明る過ぎる大声が聞こえてくる。あまりにもうるさくて、鼓膜が破れそうだ。そんな声を出したのは、幼なじみのモテモテな女の子である。
「……何しに来たんだよ」
「何しに、じゃないわよ。おばさんが、あんたが帰ってこないって心配してたから、迎えに来たの。フラれて落ち込んでいるあんたの事だから、ここにいると思ったわ」
「ちょっ! なんでフラれた事を知ってるの!」
「クラスメイト情報〜。……いよっと!」
 彼女は僕の隣のブランコに座ると、軽く揺らした。
「いやぁ〜ねぇ。あんたには無謀だったわよ、あの美人な先輩は。あんたには不釣り合いね」
「分かってるよ、そんなの。でも、卒業する前に伝えたかったからさ。ひどいフラれ方だったけど、後悔はないよ」
「ふぅーん。それにしては、めっちゃ落ち込んでない? 夕暮れをバックに、哀愁を漂わせちゃってさぁ〜」
「う、うるさいな……」
 夕暮れで余計に悲しくなっているという事は、彼女には秘密。絶対笑われるから。
「その哀愁。あたしが消してあげるわよ」
 彼女はそう言うと、ブランコから下りて、僕の前に立った。そして、顔を近づけて。
 ――チュッ。
「……っ!」
 彼女が、僕の唇にそっと口付けた。僕にとっては、初めてのキスである。
「……哀愁、消えた?」
 すぐに唇を離した彼女が、僕に尋ねてきた。正直、消えたってより、びっくりの方が勝ってる。
「……言っておくけど。あたし、ファーストキスは好きな人とするって決めてるの」
 彼女はそう言うと、僕に背を向けて、顔を見せないようにした。そうだよね、初めてするなら、好きな人とする方が――。
「……えっ」
「……だから、あんたに捧げたのよ」
 ごめん、夕暮れ。誘った哀愁達を、連れて帰って。

11/4/2024, 1:30:26 PM