「最後の曲になりました。聞いてください」
暗くて広くて、そこにいるみんなが持つペンライトがほぼ赤に染まっていて、そんな景色が切なくて哀しくてでもとても綺麗で。そんなライブ会場の一席でステージを見つめる。
今日は、私の人生の中の10数年を数え切れない色で彩ってくれたグループの、メンバーカラー赤の彼のラストライブ。
私が1番推しているのはピンクのメンバーだけど、今日で旅立って行く彼のことだって勿論大好きだ。だから今は、私のペンライトも赤で輝かせている。
力強くて明るくて、でも硬派な所もあって。大人な雰囲気を漂わせてるのにたまに収集つかないほどのボケで周りを盛り上げる。歌もダンスも出来て、あと語学的にも強い。エース級の魅力を持つ彼が、本当に本当に大好きだった。
綺麗だ、最後の最後まで。このグループでメンバーと一緒に輝く彼が、今の私にとって1番綺麗。
でももう明日からは見れない。過去の映像とか写真とかで思い出を辿ることは勿論出来るけど、逆に言えば思い出の中でしかグループの彼を感じることが出来ないってことになる。
最後の挨拶が終わって、銀テープが会場を彩って、涙を流しながらもいつも通りの笑顔を見せる彼が眩しい。
「また会おうなー!」なんて言いながら客席に手を振ってくるから、思わず私も滲んでく視界で彼の姿を追いながら手を振る。
明日からは1人のアーティストとして、ますます輝きを放つ彼に会えるんだろう。
でも"今"の彼にいつかまた一度でも会うことが出来る日を、心のどこかで待ち続けるのだけは許して欲しい。
今日まで、このグループにいてくれてありがとう。私の推しと居てくれてありがとう。アイドルとして、10数年活動してくれてありがとう。
だからお願い、さよならって言葉だけは言わないで。
※実在しないアイドルグループのメンバー卒業ライブを描いたフィクションになります。
「なあ。俺とお前ってまた会うの?」
休憩という名目でほんの3時間ほどの時間を共に過ごした相手。私がどうしようもなく愛する人。薄暗いベッドの上で、帰るための身支度をする時、いつも決まってこの質問をされる。
「会うよ。会いたいから」
「......」
「逆にもう私とは会いたくない?」
「いや、別に」
この関係性になってから、拒まれたことはただの一度もないけど、彼のほうから会いたいと言われたこともない。そもそも彼は、こんな形で2人きりで会っていい相手ではなかったりする。もし2人揃ってこの建物から出る所を私か彼を知っている人に目撃されたとしたら、きっと2人とも社会的に抹殺されてしまう。
無遠慮に響く、ライターで火をつける音。帰る前に1本だけ、煙草を蒸すのも彼の習慣らしい。
「お前普通にしてたらいい出会いありそうなのにな」
「要らないよそんなの。他の人なんて要らない」
彼に、そして私自身に刻み込むように吐き捨てる。何があっても凝りもせず遊び歩く彼も大概だとは思うけど、そんな彼から離れようとしない私だって同罪だ。
光なんて要らない、ずっとずっと彼と闇に堕ちて、その中で生きていきたい。
「またな、近いうち連絡する」
「ん」
彼が部屋を出てった後、彼の煙草の匂いの残る部屋の窓から外を見つめる。まだまだ明るい、日中の陽の光が今の私には眩し過ぎた。
多分服と髪に染み付いてしまった彼の煙草の匂い。ずっと消えなきゃいいのに、って思う。
『ありがとうまたな』
彼からの素っ気なくも優しいメッセージの通知に、恍惚とした笑みが漏れるのを自覚した。
陽の光を浴びて並んで歩くことは出来ない2人。暗く狭い部屋の中が全てな罪深い私と彼。でもこの闇から抜け出す意思は、私にはない。
『彼と付き合ってるわけでもないんだから、適度な距離感を守ってください』
名前も知らない相手から、何の脈略も無く送られてきたDM。溜息を隠しもせず相手をブロックし、メッセージも削除する。
「他人にやっかんでんじゃねーよ」
10人いれば9人は彼に恋をすると思う。それほど魅力的な相手に恋をした私は、今では彼の良き理解者で親友だ。正直告白待ちな部分もあると思う。
すごく、ものすごく努力した。出来る限り毎日おはようって挨拶して、不自然にならないように彼の趣味を探って話題を振って。
嫉妬してしまうのも分からないでもない。でも、適度な距離とかいうけどそんなの当人同士の勝手でしょ?そもそもこれを送ってきた人は、彼と仲良くなる努力をしたのかな?
"ライバル"の登場なら、私はいつでも受け入れるし正々堂々戦いたいと思う。正直燃えるし。でも努力もせず絡んで来るような奴は一切相手にしたくない。そんな時間があるなら、彼を食事にでも誘うしね。
『なぁ時間ある?今日どっか食べ行かね??』
彼からの通知だった。お、なんと嬉しい連絡。行くいく!と手短に返信し、文字より通話の方が早いなって思い電話してみる。
これから私達の距離はどうなっていくんだろ。まだまだ予想出来ないけど、近い将来ちゃんと自分の言葉で伝えるね。