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「なあ。俺とお前ってまた会うの?」

休憩という名目でほんの3時間ほどの時間を共に過ごした相手。私がどうしようもなく愛する人。薄暗いベッドの上で、帰るための身支度をする時、いつも決まってこの質問をされる。

「会うよ。会いたいから」
「......」
「逆にもう私とは会いたくない?」
「いや、別に」

この関係性になってから、拒まれたことはただの一度もないけど、彼のほうから会いたいと言われたこともない。そもそも彼は、こんな形で2人きりで会っていい相手ではなかったりする。もし2人揃ってこの建物から出る所を私か彼を知っている人に目撃されたとしたら、きっと2人とも社会的に抹殺されてしまう。

無遠慮に響く、ライターで火をつける音。帰る前に1本だけ、煙草を蒸すのも彼の習慣らしい。

「お前普通にしてたらいい出会いありそうなのにな」
「要らないよそんなの。他の人なんて要らない」

彼に、そして私自身に刻み込むように吐き捨てる。何があっても凝りもせず遊び歩く彼も大概だとは思うけど、そんな彼から離れようとしない私だって同罪だ。
光なんて要らない、ずっとずっと彼と闇に堕ちて、その中で生きていきたい。

「またな、近いうち連絡する」
「ん」

彼が部屋を出てった後、彼の煙草の匂いの残る部屋の窓から外を見つめる。まだまだ明るい、日中の陽の光が今の私には眩し過ぎた。

多分服と髪に染み付いてしまった彼の煙草の匂い。ずっと消えなきゃいいのに、って思う。
『ありがとうまたな』
彼からの素っ気なくも優しいメッセージの通知に、恍惚とした笑みが漏れるのを自覚した。
陽の光を浴びて並んで歩くことは出来ない2人。暗く狭い部屋の中が全てな罪深い私と彼。でもこの闇から抜け出す意思は、私にはない。

12/2/2023, 4:33:47 PM