ふとした瞬間、坊主は綺麗に見える時がある。寝る前にメガネを外して世界の輪郭がぼやけた一瞬とか、あいつの好きなでっかいカップにココアを入れて飲んでる横顔とか。正面で捉えるとまん丸の輪郭も、横から見れば端正な骨格とわかる。
「……真田さん何見てんすか」
「お前、ジョッキでココア飲むやつおらんぞ」
「ジョッキちゃうすよ、ただ大きいだけ」
「おっさんみたいに飲み干しおって、どの面下げて言っとんじゃ、このポンポコリンが」
愛嬌だって1ミリもない。仕事のし過ぎでかけ始めたメガネだって、俺より似合ってない。
「まだ残ってますけど、飲みます?」
「俺はええ。まだカップ残ってるから」
「さいですか」
「誰かさんと違って砂糖中毒ちゃうからな」
ふと眉をしかめて、ジョッキの中の氷をガラゴロ言わす。いやジョッキやん。テーブルビシャビシャなってんで。でも丸太の中ではマグカップ。
「でもありがとな」
「……っす」
そう言って俯くと、短く切った髪を掻き回してまたココアをグイッと行った。俺のマグカップの3倍くらいあった中身は、一瞬で等しくなった。
花が咲いて枯れるから輪廻する
同じ過ちをしてしまっても
運命だ 決まっていた
そう考えればいい、考えるしかない
花びらはこぼれ落ちる涙と
一体なにを違えたというの?
最低だ 風すら僕
を追い抜いて 寂しさを募らせていく
ひとひらの雫が地に落ちた
一粒の命が宙を歌う
そして僕は散る 運命だから
真多目線 好きだよ
一応好きだけど、丸太には応えられない先輩
桜 お題置き
桜が散る頃には出会いと別れを思い出す。
あなたに出会った日。
そして、全ての記憶を失った日。
雨の降る四月、全身びしょ濡れになりながら公園の隅に横たえている。泥水を含んだ布が肌にへばりつくと、凍えそうなほど寒い。言語化できることはたくさんあるのに、僕には思い出せる記憶がなにもなかった。お腹が減った。寒い。力が出なくて動けない。雨水で霞む視界の中、生きる希望を探しても見つからず。このまま抜け殻として息絶えると思っていた。
目の前で雨に打たれた桜が散って行く。自分の上にも桜の花びらがあれば、それは手向けの花だ。
「大丈夫ですか?」
傘を持った人が通りかかる。背が高くスラッとしていて、メガネをかけた人だった。
「…………ぁ、ぅ」
大丈夫ですと声をかけようとするも、声帯が退化していたのか思うように話せず狼狽える。
「腕もこんなに細く……うちに来てください」
暖かい手が自分の腕に触れる。起きて初めての人の暖かさに思わず涙がこぼれた。
お兄さんの家は、すごく落ち着く。アジア調のよく分からない小物が沢山あって、柔らかな光のランプが点っていた。そして玄関に僕を座らせると、雨に濡れた僕を拭いて、少し大きなお兄さんの服を着せてくれた。
「上がって、昨日の残りのカレーがあるから、それ食べれば元気出るよ」
そうして、彼の部屋のリビングに上がった。
その後、無言でカレーを食べる。風呂と寝床も用意してもらって初めてわかった事だが、風邪をひいていたのか、喉が酷く腫れていた。よく聞いてみると、すごい熱があったけど支払い能力があるかも分からなかったからとりあえず家にあげたんだそう。移るのが怖くなかったんだろうか。
体が勝手に動いた的なアレなんだろうか。だとすれば、ヒーローそのものじゃないか。
君の瞳の七色を、僕だけがわかると信じたい。
嬉しくて幸せな時の、薄桃色の輝き。
理不尽に潰されても、負けじと灯る赤の灯火。
少し遠くを見つめて、何かを懐かしむ橙の燈。
躍起になって、元気になって、飛び跳ねる黄色。
深い悲しみに沈みこんで、自意識を泳ぐ深青。
生きる営みを愛しく送る慈愛のライトブルー。
僕を見つめるときの、緑色。
僕を見てなぜ君の瞳は緑色に光るのか正直よく分からない。けど、嬉しそうにこちらを見ているので、綺麗な瞳がよく見えて僕も嬉しい。たとえ、僕と君以外が君の素敵な輝きを知ったとしても、緑色の光はきっと誰にも知りえない。
それが何よりも幸せだ。