田中 うろこ

Open App

桜 お題置き

桜が散る頃には出会いと別れを思い出す。
あなたに出会った日。
そして、全ての記憶を失った日。

雨の降る四月、全身びしょ濡れになりながら公園の隅に横たえている。泥水を含んだ布が肌にへばりつくと、凍えそうなほど寒い。言語化できることはたくさんあるのに、僕には思い出せる記憶がなにもなかった。お腹が減った。寒い。力が出なくて動けない。雨水で霞む視界の中、生きる希望を探しても見つからず。このまま抜け殻として息絶えると思っていた。
目の前で雨に打たれた桜が散って行く。自分の上にも桜の花びらがあれば、それは手向けの花だ。

「大丈夫ですか?」
傘を持った人が通りかかる。背が高くスラッとしていて、メガネをかけた人だった。
「…………ぁ、ぅ」
大丈夫ですと声をかけようとするも、声帯が退化していたのか思うように話せず狼狽える。
「腕もこんなに細く……うちに来てください」
暖かい手が自分の腕に触れる。起きて初めての人の暖かさに思わず涙がこぼれた。

お兄さんの家は、すごく落ち着く。アジア調のよく分からない小物が沢山あって、柔らかな光のランプが点っていた。そして玄関に僕を座らせると、雨に濡れた僕を拭いて、少し大きなお兄さんの服を着せてくれた。

「上がって、昨日の残りのカレーがあるから、それ食べれば元気出るよ」
そうして、彼の部屋のリビングに上がった。

その後、無言でカレーを食べる。風呂と寝床も用意してもらって初めてわかった事だが、風邪をひいていたのか、喉が酷く腫れていた。よく聞いてみると、すごい熱があったけど支払い能力があるかも分からなかったからとりあえず家にあげたんだそう。移るのが怖くなかったんだろうか。
体が勝手に動いた的なアレなんだろうか。だとすれば、ヒーローそのものじゃないか。

4/4/2025, 3:43:43 PM