嘘みたいな本当の話をしようと思った。僕は初めて家族以外の人と住むことになった。つまりはそういうこと。でも、僕以外でこれを見てる人が思っている同棲みたいなものとは、だいぶかけ離れたものだ。なぜなら、そいつはヒモだから。
仕送り暮らしのスネかじりと、
元キャバ嬢のヒモ男。
どっちが先に音を上げるのか。楽しみだ。
どこまでもどこまでも遠くへ行こうとした。それなら、もうあなたに会わなくて済むから。あの小さなコインランドリーが、大きな大きな鳥かごだったら良かった。いややっぱり、そんなことはない。キャリーケースには数枚の服しか入っていない。彼女と俺の家は、彼女と新しいヒモの家になる。古くてほつれた紐は、捨てられてどっかに行くのが正解。オマエと一緒にやったあやとりも、ボロボロになってポケットの中。喪失感が心を占めるのは、彼女に捨てられたからか。もうとっくに冷めきった恋なのは分かっていた。だからこそ原因はそこにないことがわかっている。数少ない荷物、観葉植物の鉢。大きくて肉厚な葉が、歩くリズムに合わせて揺れる。行く宛てなんてない。ない。宛てはないけれど、寄り道くらいはしてやろう。
「洗濯機、割り勘する?」
ぽつんと待つ人影がいた。咄嗟に、ポケットの中にあった古いあやとり紐を押し付ける。オマエは、そこで待っていた。コインランドリーで、滅多にかけない乾燥機がひとつだけ回る。偶然会う日を待っていたとして、どれだけ待っていたのだろう。彼女以外と話す唯一だったから、思い入れがない訳じゃない。だけど、そんなことがあるか。
「一緒に住もうって、言ってんの」
そんなことがあっていいのか。確かに俺は彼女と別れたばかりだけど。オマエは、言ってやったと満足げで、目の奥に不安がにじんでいる。ああ神様。俺の救いの糸は、こんなに太くて不格好なんでしょうか。行く宛てなんてない。断ろうにも、屋根と壁がある場所というのは、なんとも魅力的だ。オマエの目はいかにも真剣で、面倒になってくる。だって、利用するのに気が引けるじゃないか。お前も洗濯機を買う甲斐性がないんだから。
「僕らがいるところが、僕らの未来ってこと」
ああ、負けだよ。空っぽなスーツケースを転がしてコインランドリーを出る。乾燥機は回っているのに、オマエの自転車置きっぱなのに。俺が忘れた鉢植えを携えて、俺の横に並んで歩きやがる。足取りも弾んでる。俺良いって言ってないよ。
『俺らの居る場所が、俺らの未来』
じゃあ、手始めに電気屋にでも行こうか。
新しい年来たけど今年も僕ぼっちですよ
『仲間』
信じられたら仲間だ。私は、仲間を信じることが出来ない。仲間に裏切られる私の方ばかり考えてしまうから。結局私は、歪んだ形で私を見ているだけだ。
『ありがとうとごめんね』
ありがとう。そうやってお前はいつも言う。礼を言うのはこっちの方なのにな。お前は、不器用な俺の代わりにみんなを守ってくれる。庇ってくれる。いつも世話になってる。俺はただ、目の前にいるやつをぶっ飛ばしてるだけ。それなのに。
「いつもお疲れ様、ジュースいる?」
「……お前にはジュースの1本だって端金か」
こいつは優しすぎる。皮膚をもう一枚へだててその上から掻き毟られるような、むず痒いような気分になる。
「そうだけど、きっと俺が貧乏になっても差し入れはし続けると思うなあ」
ひょうひょうと言いのける。やっぱり俺は、こいつにだけは敵わないらしい。
「ありがとうな、」
あの人は絶対に謝らない。いや、謝って来ることはある。けど大体が生返事。
『あ、また壊れた、悪ぃ』
『あ? それ食っちまった! スマンスマン』
『あはは、ごめんて』
まあ、いつもお世話になってるし、なぜか手柄がこっちに回ってくるおかげでお金には困らないから、気にはしないんだけど。
「……ごめん」
ある日、突然現れて、謝って去っていった。月のよく見える晩に、ベランダの手すりの上で裾をはためかせて。どこかに消えていった。夜にトイレに行きたくなって起きた時に居たものだから、悪い夢かもしれない。何せ、翌日は普通に一緒に遊びに行ったから。
「ありがとう、ごめん。俺、お前がいないと生きていけないってわかったんだ。だけど、お前が好きなのは女だし、リアルなんてもってのほかだよな。分かってる。だから、一瞬だけ、そばにいることを許してほしい。俺が、俺がお前を全部守るから。俺の前だけで笑ってほしい。」
「…………水飲みすぎたかなあ」
「!」
「あれ、なんでこんなところに?」
「ごめん、ごめん!」
「こんな時間に会えるなんて、嬉しいなあ。ありがとう、来てくれて。」
「…………っ!」
「行っちゃった……いっけね!トイレトイレ!」