『始まりはいつも』
始まりはいつも、女に台と書いたこの漢字を用いることがほとんど。だけどこの生徒だけは違う。
「……何が違ェんすか、たむティー」
金髪 短ラン 赤インナーの不良生徒、江田。
描きたいものはあるんですけど時間が無い!
置きます!
言葉の意味をよく知らん、パス
お題置かせて頂きます。この言葉の意味を知ったらまた書く
秋晴れ
ハブとマングースは相性が悪いように、僕と彼女は恐ろしく相性が悪かった。彼女と言っても、恋人関係にはなく、同じ会社の同じ部署、同じ部屋の相向かいにいるだけの人の事だ。彼女は明朗快活、いわゆる誰とでも話せるタイプの人で、その切れ長の瞳はいつでも笑っている。竹を割ったようなハキハキした性格も美しくて、僕には手の届かぬような、太陽のような人だった。
ある日の外回りのこと。
「万屋、暑すぎだよねこれ」
「……あ、そうだね! 蛇谷さん」
照りつけるコンクリートの坂をちまちま登りながら、僕たちふたり、話すこともないままにそれぞれの考え事をする。その時はまだ蛇谷さんのことを好きだと思っていなかったから、ただの陰気な奴だった。彼女のことを好きになってしまった今となっては、彼女の眩しさに目が眩んで言葉が余計に出てこない。好きになればなるほど話せないのは皮肉なものだ。
「……よろずや、何か話すことないの?」
「……あつくて、なにも……」
「……そう」
僕と蛇谷さんは同期だから、フランクな蛇谷さんはタメ口だった。僕もタメ口を試みようとしたものの、恥ずかしくてダメだった。だからこそ、タメ口ができる蛇谷さんが羨ましかったわけで。
「よろずや、後で……ラーメン食おうな」
「絶対行きましょう、暑すぎる」
「ふはっ、お前!」
急に蛇谷さんが吹き出した。坂をあがってしばらくのところの住宅街。少し遠いところにラーメン屋の上りが見える開けた場所で、蛇谷さんは笑っていた。十五時頃の緩やかな日差しに当てられて僕だけに微笑むその目の弧線が、酷く心臓に刺さるみたいだ。
「暑いのに、暑いからラーメン食おうて、くく」
「先に食べようって言ったのは蛇谷さんでしょ」
「あーもう、っくく」
笑いが収まってきたのか、恥ずかしげに結んだ髪の毛の先を整えると、冷静な声色で告げられる。
「在でいいよ、進」
「ある……さん」
その時見上げるような、蛇谷さんの三白眼が、僕の心の弱い所をつつくように射抜いた。耳が、頬が、身体が暑くなってくる。ぶわっと背筋から音がするように鳥肌が立つ。恋の音だ。
初めて、すすむという僕の名前を好きになれたのも、全て蛇谷さんのおかげだ。おかげだったのに。
『今日未明。東京都の某所で、刺殺事件がありました。犯人は、僕の方を向いて欲しかった。と供述しており、懲役六年が確定しています。』
忘れられない。蛇谷さん、これで、あなたの素敵な眼は。僕のものだ。罪と共に背負うから、一生を共にしようね。
「ううん……あるさん♡」
拘置所で狂乱する一人の男性がそこにいた。
夕日の光は鋭すぎると思う。
昼間は高いところにいる太陽が沈む時、一瞬。私たちと目が合う位置にやってくる時がある。その瞬間を、私は何より美しいと感じる。朝夕夜の写真を並べてどれが好きかと聞かれたら、間違いなく、彩度が最も高くて美しい夕日を選んでしまうだろう。だけど、太陽を直視すると眩しいのは当たり前で。夕時の色は特に目に沁みる。
だから私は、カーテン越しに見るのが好きだ。写真に撮られた夕日を見るのも好き。だけれど、カーテンに受け止められた光が、やわらかく辺りに散らばって、そこら一帯がオレンジ色に染まっているのを見ると、たまらなくなってくる。
そうして、オレンジ色に染まった手のひらを覗いて、私のメガネのフレームや、髪の毛や、くすんだような肌の色もすべてオレンジになっているんだろうとぼんやり思う。そんな暖かい夕時が好きだ。このまま、世界がずうっとオレンジ色に染められてしまえばいいのに。
みんながオレンジに染まったら、その中での差でまた互いを感じとりあうんだろう。あの人は暗い色、あの人はすごく綺麗な色。私はきっと暗い色なので、このままの方がまだいい。新しくレッテルを貼り直されるのは複雑な心境だし。
夜が更け上がってくる、月もオレンジだとなんとなく嬉しくなる。黄色が通常版だとすると、レアなイメージがしてなかなかに気分がいい。今日の月はどんな色でどんな形をしてるんだろう。月の形がどうあれど、私はそのやわらかな光が好きだ。
『涙の理由』
今日で何回目だろう。涙を流すっていうのは。
男は人生に三度しか泣くことを許されないという言説を聞いたことがある。私は男の人じゃないからそれを適用できない。それに、軽く十倍は泣いてしまっているから論外だ。涙は女の武器だというのも聞いたことがある。武器というよりかは、自らの内側から酸化させていく錆のようにも感じる。
何が言いたいのか。そう、私は泣きたくないんだ。しかし、今会社の帰り道、終電より辛うじてふたつ前の電車に乗って揺られている。周りに人なんておらず、車両には私一人。こんなに頑張っても、所詮一人だと思うと、自然と涙がこぼれた。向かいの窓に、ファンデーションも割れてパンダ目のおばさんが映っている。あんなの私ではない。あれは、錆びかけた社会の歯車だ。毎日毎日働いて、メンテナンスされる暇すらない社会の歯車。かわいそうでちっぽけな一パーツ。
『次は終点、終点』
「……私、か」
そんな、哀れみを向けていた像は私だった。アナウンスがこだまする。その瞬間、立ち上がらなければ行けないのを思い出す。その像も立ち上がるものだから、私はありありと理解した。
家に帰ると、メイクを落として、即席のカップラーメンを平らげて、シャワーとハミガキを済ませて、さっさと布団に転がる。さもなくば明日の朝の目覚めが大変になってしまうから。
いつもと同じように横向きに眠る。今日もまた朝起きたら顔がびしょびしょなんでしょう。そうして、洗われる暇もなく日々を過ごす枕についた塩分を、頬で感じながら目を瞑った。