ハブとマングースは相性が悪いように、僕と彼女は恐ろしく相性が悪かった。彼女と言っても、恋人関係にはなく、同じ会社の同じ部署、同じ部屋の相向かいにいるだけの人の事だ。彼女は明朗快活、いわゆる誰とでも話せるタイプの人で、その切れ長の瞳はいつでも笑っている。竹を割ったようなハキハキした性格も美しくて、僕には手の届かぬような、太陽のような人だった。
ある日の外回りのこと。
「万屋、暑すぎだよねこれ」
「……あ、そうだね! 蛇谷さん」
照りつけるコンクリートの坂をちまちま登りながら、僕たちふたり、話すこともないままにそれぞれの考え事をする。その時はまだ蛇谷さんのことを好きだと思っていなかったから、ただの陰気な奴だった。彼女のことを好きになってしまった今となっては、彼女の眩しさに目が眩んで言葉が余計に出てこない。好きになればなるほど話せないのは皮肉なものだ。
「……よろずや、何か話すことないの?」
「……あつくて、なにも……」
「……そう」
僕と蛇谷さんは同期だから、フランクな蛇谷さんはタメ口だった。僕もタメ口を試みようとしたものの、恥ずかしくてダメだった。だからこそ、タメ口ができる蛇谷さんが羨ましかったわけで。
「よろずや、後で……ラーメン食おうな」
「絶対行きましょう、暑すぎる」
「ふはっ、お前!」
急に蛇谷さんが吹き出した。坂をあがってしばらくのところの住宅街。少し遠いところにラーメン屋の上りが見える開けた場所で、蛇谷さんは笑っていた。十五時頃の緩やかな日差しに当てられて僕だけに微笑むその目の弧線が、酷く心臓に刺さるみたいだ。
「暑いのに、暑いからラーメン食おうて、くく」
「先に食べようって言ったのは蛇谷さんでしょ」
「あーもう、っくく」
笑いが収まってきたのか、恥ずかしげに結んだ髪の毛の先を整えると、冷静な声色で告げられる。
「在でいいよ、進」
「ある……さん」
その時見上げるような、蛇谷さんの三白眼が、僕の心の弱い所をつつくように射抜いた。耳が、頬が、身体が暑くなってくる。ぶわっと背筋から音がするように鳥肌が立つ。恋の音だ。
初めて、すすむという僕の名前を好きになれたのも、全て蛇谷さんのおかげだ。おかげだったのに。
『今日未明。東京都の某所で、刺殺事件がありました。犯人は、僕の方を向いて欲しかった。と供述しており、懲役六年が確定しています。』
忘れられない。蛇谷さん、これで、あなたの素敵な眼は。僕のものだ。罪と共に背負うから、一生を共にしようね。
「ううん……あるさん♡」
拘置所で狂乱する一人の男性がそこにいた。
10/18/2024, 4:23:53 AM