【風と】

【好きになれない、嫌いになれない】

ー

博麗神社の境内には、昼下がりの穏やかな風が吹いていた。霊夢は縁側に腰掛け、ゆっくりと湯呑を傾ける。静かな時間――そう思った矢先だった。

「よっ、霊夢！また賽銭箱がカラじゃないか！」

突如響く魔理沙の声。霊夢は目を閉じてため息をつく。

「……そんなの、わざわざ報告しなくていいわよ」
「いやいや、ほら、神社の巫女様が金欠っていうのは幻想郷の危機だろ？」
「幻想郷は関係ないでしょうが」

魔理沙は笑いながら箒を降り、無造作に霊夢の隣へ座った。霊夢はちらりと彼女を見やる。

「で、今日は何の用？」
「用なんてねぇよ。ただ、お前の顔見に来ただけだぜ」

霊夢は肩をすくめ、湯呑みの茶を口にする。魔理沙はこうして、いつも気まぐれに神社へやって来る。煩わしいと思うこともある。でも、いなくなると、どこか物足りなく感じるのも事実だった。

ー

「あ、そうだ霊夢。面白い話があるぜ」

魔理沙が懐から取り出したのは古い巻物だった。幻想郷の歴史に関する伝承が書かれているらしい。

「またどこかから盗んできたの？」
「違う違う、借りただけだぜ」
「それ、盗んだって言うのよ」

霊夢は腕を組みながら魔理沙を睨むが、魔理沙は気にも留めず巻物を広げる。

「ここに書いてあるんだけどさ、昔、この神社にはもっと強い結界があったらしいぜ」
「ふーん……」

霊夢は興味深そうに巻物を覗き込む。魔理沙は時々こうして、自分の興味をくすぐるものを持ってくる。騒がしくて無神経で、何かと面倒くさいけれど、嫌いになれない理由があるのかもしれない。

「結局、お前って私のこと気にしてるんだろ？」
「……あんたが勝手に絡んでくるだけよ」
「ま、そういうことにしといてやるよ」

魔理沙は笑いながら箒を片手に持ち上げる。霊夢は肩をすくめ、微妙な表情を浮かべる。

ー

夜。幻想郷の空は静かだった。霊夢は縁側に座り、冷えた夜風を浴びていた。

「霊夢、またぼんやりしてるな」

魔理沙が神社の柱にもたれている。霊夢は彼女を横目に見た。

「……別にぼんやりなんてしてないわよ」
「嘘つけ。お前がこうしてるときは、大抵何か考えてるときだ」

霊夢は目を閉じ、短く息を吐く。しばしの沈黙の後、魔理沙が呟いた。

「私たち、いつまでこうしてるんだろうな」

霊夢は答えない。代わりに夜風が吹き、魔理沙のローブを揺らした。

「好きになれないんだよ、霊夢のこと」
「……そう」
「でも、嫌いにもなれない」

霊夢は唇を噛んだ。それは、彼女自身も思っていることだったのかもしれない。

「嫌ってくれれば楽なのに」
「それができるなら、とっくにしてるさ」

魔理沙は乾いた笑いを漏らし、空を仰ぐ。霊夢は何も言えず、ただ彼女の姿を見ていた。

「私は、あんたのこと嫌いよ」

魔理沙の笑みが止まる。霊夢自身も、それが本心かどうか分からなかった。ただ、そう言えば何かが変わるような気がしただけだった。

「そっか」

魔理沙は静かに立ち上がる。そして、何も言わずに神社をあとにした。

夜は静かだった。魔理沙がいなくなった境内には、風の音だけが残った。

でも、霊夢は分かっていた。

魔理沙は、どうせまたここに来る。

そして、二人の関係は、これからも変わらないまま続いていくのだろう。

霊夢は微笑み、冷えた夜気をその身に受けながら、ゆっくりと目を閉じた。

ー

こんな日々がずっと続けばよかった。

でも、もうかないっこない。

この何気ない日々が大切な思い出となってしまった。

もう帰ってこない。

ーend

【夜は明けた】
ー
　森の奥深く、宵闇が広がる中、ルーミアは木の根元に座り込んでいた。彼女の赤いリボンが風に揺れ、空腹のために小さな手でお腹を押さえている。
「んー……おなかすいたなぁ……」
彼女の声は森の静寂に溶け込む。妖怪としての本能が彼女を駆り立てる。人間を襲い、その肉を食べることで空腹を満たす。それが彼女の本来の姿だった。しかし、ルーミアは幻想郷のルールで人里の人間を食べれないので、紫の調達物資で耐えてきた。だが、どうしても耐えられないときがある。
「今日は霊夢いないかも……」
ルーミアは立ち上がり、森の奥から人里を見下ろす丘へと向かった。宵闇を纏う彼女の姿は、まるで夜そのものが動いているかのようだった。
ー
　人里の灯りが彼女の目に映る。家々の窓から漏れる暖かな光、夕食を囲む人々の笑顔――それらは彼女にとって魅力的であり、同時に手を出してはいけないものだった。
「ちょっとだけ……ちょっとだけ見るだけだからね？」
ルーミアは自分に言い聞かせるように呟き、人里へと足を踏み入れた。 彼女は屋根の上に座り、窓越しに人間たちの様子を眺める。温かい湯気の立つご飯、焼きたてのパン、甘い果物――それらの匂いが彼女の鼻をくすぐり、空腹をさらに刺激する。
「食べたい……でも……」
そのとき、彼女の目に一人の少女が映った。少女は家の外で遊んでおり、無防備な姿をさらしている。ルーミアの本能が叫ぶ。今なら簡単に襲える、と。
彼女は屋根から飛び降り、少女の背後に立った。宵闇が彼女を包み込み、少女はルーミアの存在に気づかない。
「……おなかすいた……」
ルーミアは手を伸ばした。しかし、その瞬間、少女が振り返り、彼女の目を見た。
「……お姉ちゃん、誰？」
その言葉にルーミアは動きを止めた。少女の無邪気な瞳が彼女を見つめている。恐怖もなく、ただ純粋な好奇心だけがそこにあった。
「……私は……」
ルーミアは言葉を詰まらせた。彼女の手は震え、心の中で葛藤が渦巻く。人間を襲うべきか、それとも――。
そのとき、彼女の頭に霊夢の言葉が浮かんだ。
「人里の人間に手を出してはダメよ」
ルーミアは深く息を吸い込み、手を引っ込めた。
「……なんでもないよ。遊んでてね」
彼女は少女に微笑み、宵闇を纏ってその場を去った。
ー
　森へ戻ったルーミアは、木の根元に座り込んだ。空腹はまだ続いている。しかし、彼女は自分の選択に少しだけ満足していた。
「……おなかすいたけど、まあいいや」
宵闇の妖怪は、今夜も空腹だったが――その心には、少しだけ光が差し込んでいた。
ーend

【校内で有名なヤンキーに出会ってしまってから（１）】
ー
　私は古明地さとり。どこにでもいる普通の女の子。ここ最近、高校生になったばかりである。他の人と違うところと言えば、他者の心が読めるというところだろう。これは「顔を見れば〜」っていう自分の優れた判断力のおかげでもなく、生まれつき、近くにいる人の心が脳内に聞こえてくるのである。私はこの能力が嫌いである。人間の思いが、気持ちが無差別に聞こえ、人の嫉妬や悪口が、自分に対してじゃなくても、心に刺さる。つらい。悪い面ばかり敏感になって自爆してる。中学時代も、この能力をうまく使っていたはずだった。人から敵視されないためにも、変なことに絡まれないためにも、相手の感情を読みながら歩幅に揃えて歩いてきたというのに、最後は…。思い出したくもない。こんな人たちと一緒に過ごすのも嫌だった私はいつしか一人孤独でいるようになった。高校も普通の生徒じゃとどかないくらいの場所を選んで必死に勉強した。ようやく報われる。でも、あまり人と関わらないで…。
ー
　入学式。それは、体育館に新入生を呼び集め、祝福する会。私にとってはめんどくさく、いるだけ気分が悪くなる。周りもエリートしかいなくて、この先もまた不安になる。学力、人間関係、進路。はぁ、今悩むべきことじゃないわ。それに、人間関係は築こうとも思わないし、学力、進路は追々。で、いつになったら教師の話も終わるんだろうか。この時間こそ無駄である。人の心理を感じるよりもはるかに。前や横に座ってる人の心を読んでみるが、みな、だるいわ、帰らせろや、同類の感情が飛び交う。
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　教師の長話も終え、それぞれのクラスに移動し、またさらに担任の長話を受ける。内容はだいたい把握済みだから私も早く帰らせてほしいと思わずには居られなかった。この空虚な時間を読書で埋めたいばかりである。今日は入学式のあと、すぐ授業が行われる。まぁ、だいたいシラバス（授業進行の予定などのこと）だろうが。昼はどうしようか。同じ中学から来た友達もいないし、このクラスで新たに作るのも面倒だ。だけど、一人だけでいるのも気が引ける。んー…。私は悩んだ末、前者を選ぶことにした。昼は屋上で食べればいいか。誰も行かなさそうだし。そのようなことを考えていると、担任の話が終わり、クラス内がざわめき出した。何も聞いていなかった私は、他人の心に聞いて今の状況を知る。なるほど。一段落ついたから近くの人と話して交流を深めましょうってやつか。で、私は運良く話しかけられなかったと。ある意味豪運だわ。別に私は他者と友好関係を築こうなんて思ってないし。そうして、時は過ぎていった。
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　昼休みに入ってすぐ、弁当片手に屋上まで来ていた。やはり、屋上といったところだろうか。風が頬に触れるように優しくふく。心地よい太陽の温かさとともに、桜の花びらを運んでくる。ここにはベンチが複数個あって、自分よりも背の高いフェスが縁に立っている。その奥をのぞくようにして見渡すと美しい風景がこの空間とともに私の心へ運んでくれる。それを邪魔するかのように、階段の方から心声が聞こえた。（あとちょっと、頑張るんだ俺！足を動かせ！）。そして、ドアノブに手が届き思い切って開けられる。
「しゃぁー！やっと着いたー！」
手に持っていたメロンパンを心の底から愛すかのように胸に抱きしめ、言葉を発す。
「はぁ愛しの我メロンパンよ。なぜあなたはいつも他の人に人気で私のところに来てくれないの？あ」
あ…。目が合ってしまった。気まずい。（あばばばばば、やべぇ、変なところ見られた。しかも同じ学校の女子に！？どうする？というか誰？ここ、立ち入り禁止無はず無んだけど。とりあえず取り繕うか）。???。
「やぁ、お嬢ちゃん。ここは立ち入り禁止だよ。早くクラスに戻らないと、先生に言いつけちゃうよ？」
（やべぇ、キモくて変な奴出ちゃったんだけど。）。
「先生に言ったとしても『なんでそれを知ってるんだ』ってなるんじゃないですか？それに、さすがにキモいですよ。」
私は返答に少しトゲを入れて投げる。（いやぁ～、さすがにキモかったかぁ。うん。自業自得だよね？でもね、これ、僕のアイデンティティだから。うん）。なんだよアイデンティティって…よくわからない人だ。（というか、ガチ見られてたよね。うん？うん。ちょっと待ったちょっと待った！僕、知らない人に変なところ見られた？オーマイガーオーマイガー。私、死す…。MAJICA。遺言書は、私を倒した相手に…）。なんだこの人？変な人だな。見た目もチャラいし、危ない人なのかな？でも、感情の右往左往が激しいし。はぁ。めんどくさいけど話しかけるか。
「大丈夫ですか？」
「あ、全然大丈夫ですよ？隣いい？」
「どうぞ」
私の隣に座って、袋を開ける。（初対面の方。話しかけ方はたくさんある。パット見て後輩。多分。僕の評判は知らないはず…多分、きっと、maybe。なら、今の1年生にはいい印象を持ってもらわなくては）。
「君。学年は？」
「1年生です」
（やはり、予想通り）
「もしかして、先輩って何かで高校内で有名だったりしますか？」
（何？まさか、もう僕の情報が回っているのか？）
「いや、特には。うん。」
こういう相手は始めてだ。いろいろと。少し試してみるか。
「先輩って…。嘘下手ですね。」
（！？マジ?これでも、中学時代は演劇部だったんだけどな。）
「おぉ〜、バレた？すごいね、僕の嘘を見破るなんて」
（この子、一体何者？）
「感覚で分かるんですよ。んで、実際はどういう噂で？」
「ん、ええっと…。少し力が強いってぐらいっすかね？」
（さすがに言えない。学校での評判だなんて。怖がられるのもあまり好きじゃないんだよな）
「へぇ〜、筋トレとかしてるんですか？」
「いや、まったく。ヒョロガリですよ～。」
（初対面の人に嘘ついて、信頼を失ってしまった。どうしようか…）
「別に嘘ついたからって気にしませんよ。その嘘が人を傷つけないのなら。」
「へ、へぇ。」
（き、気まずい。まさか、屋上に人が来るとは思わなくって。脳死で突っ込んでしまった。）
「先輩ってやっぱりコミュ障ですね。」
半目で口を少し上げ、煽るように言う。
「お、おう。コミュ障で悪かったなぁ」
この場面で開き直るとはw。なんか、珍しい人だ。
「追加で女子との関係もあまりないようで？」
この人は顔を背けて言う。
「いや、うん。普通の思春期真っ最中の男子高校生なんで」
「じゃぁ、私と話すのもあれですか？」
（……⁄⁠(⁠⁄⁠ ⁠⁄⁠•⁠⁄⁠-⁠⁄⁠•⁠⁄⁠ ⁠⁄⁠)⁠⁄これはなんて言えばいいんだろうか）
「まぁ、初対面なんで何もわからないと思いますけど、頑張ってください」
少し期待する私がいる。何をやっているんだろう。こんな感情捨てたはずなのに。
「おぅ。後輩ちゃんから頑張れって言われたら頑張んないとな。」
その後は、まぁ普通の話をした。
ーcontinue