【夜は明けた】
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森の奥深く、宵闇が広がる中、ルーミアは木の根元に座り込んでいた。彼女の赤いリボンが風に揺れ、空腹のために小さな手でお腹を押さえている。
「んー……おなかすいたなぁ……」
彼女の声は森の静寂に溶け込む。妖怪としての本能が彼女を駆り立てる。人間を襲い、その肉を食べることで空腹を満たす。それが彼女の本来の姿だった。しかし、ルーミアは幻想郷のルールで人里の人間を食べれないので、紫の調達物資で耐えてきた。だが、どうしても耐えられないときがある。
「今日は霊夢いないかも……」
ルーミアは立ち上がり、森の奥から人里を見下ろす丘へと向かった。宵闇を纏う彼女の姿は、まるで夜そのものが動いているかのようだった。
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人里の灯りが彼女の目に映る。家々の窓から漏れる暖かな光、夕食を囲む人々の笑顔――それらは彼女にとって魅力的であり、同時に手を出してはいけないものだった。
「ちょっとだけ……ちょっとだけ見るだけだからね?」
ルーミアは自分に言い聞かせるように呟き、人里へと足を踏み入れた。 彼女は屋根の上に座り、窓越しに人間たちの様子を眺める。温かい湯気の立つご飯、焼きたてのパン、甘い果物――それらの匂いが彼女の鼻をくすぐり、空腹をさらに刺激する。
「食べたい……でも……」
そのとき、彼女の目に一人の少女が映った。少女は家の外で遊んでおり、無防備な姿をさらしている。ルーミアの本能が叫ぶ。今なら簡単に襲える、と。
彼女は屋根から飛び降り、少女の背後に立った。宵闇が彼女を包み込み、少女はルーミアの存在に気づかない。
「……おなかすいた……」
ルーミアは手を伸ばした。しかし、その瞬間、少女が振り返り、彼女の目を見た。
「……お姉ちゃん、誰?」
その言葉にルーミアは動きを止めた。少女の無邪気な瞳が彼女を見つめている。恐怖もなく、ただ純粋な好奇心だけがそこにあった。
「……私は……」
ルーミアは言葉を詰まらせた。彼女の手は震え、心の中で葛藤が渦巻く。人間を襲うべきか、それとも――。
そのとき、彼女の頭に霊夢の言葉が浮かんだ。
「人里の人間に手を出してはダメよ」
ルーミアは深く息を吸い込み、手を引っ込めた。
「……なんでもないよ。遊んでてね」
彼女は少女に微笑み、宵闇を纏ってその場を去った。
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森へ戻ったルーミアは、木の根元に座り込んだ。空腹はまだ続いている。しかし、彼女は自分の選択に少しだけ満足していた。
「……おなかすいたけど、まあいいや」
宵闇の妖怪は、今夜も空腹だったが――その心には、少しだけ光が差し込んでいた。
ーend
4/29/2025, 7:22:03 AM