木枯らし

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1/20/2026, 2:39:04 PM

「海の底」

 夜の海へ出かけると、人魚に魅入られて海底へ連れ去られてしまうらしい。

 「だから夜に出かけてはいけないよ」

 父や母は子守唄のようにそんな言い伝えをよく話してきた。
 上半身は人の姿で、下半身が魚の尾。嵐の前に現れ、美しい歌声で人を魅了し、船を沈ませる。厄災の象徴。

 しかし、そんなものはただの言い伝えに過ぎない。
 なぜなら僕は知ってるからだ。

 8月の夜、海沿いに面してる窓からその姿を見た。

 人が、女性なのか男性なのかわからないほど、辺りは暗くて。それでも、海の水面にキラキラと反射する尾が美しく。ここらでは見慣れない青い瞳が、暗闇でもわかるほど怪しく輝いていたことを、よく覚えていた。

 おいで、おいでと優しくあやす様な歌声に、気がついたら眠ってしまっていたけれど。

 あれが人魚だと云うのなら、厄災の象徴と云うのならば。それはなんて…



 言い伝えの船乗りは、人魚に魅入られ海の底へ落ちたらしい。
 美しい歌声に包まれながら。

 でも、きっと。
 海の底へ落ちるのは人魚に魅入られるからではない。
 人魚に魅了されるから落ちるのだ。

 あの人魚のいる海底へ連れ去られてしまったのは、僕自身ではなくて、僕のちっぽけな恋心だった。

 戻れなくなるとわかっていても、僕は。
 あの美しい歌声に、包まれて死ぬのを望んでしまうんだ。