目が覚めると
目が覚めると、隣でイケメンが寝ていました。
いや、誰ぇ???
「落ち着こう、クールになれ私」
とりあえず周りを見渡す。
自分がいるのは見慣れた寝室、さっきまで寝ていたのは自分のベッド、未だに隣で呑気に寝ている男と、いつもならリードを咥えてすっ飛んで来るはずの愛犬が居ない事を除けば普段と何一つ変化が無い。
という事は漫画やドラマでよくある昨日酔った勢いでというやつだろうか、と昨日の出来事を思い出す。
昨日は金曜日。
珍しく仕事が早く終わり、親しい同僚や友人と新しい出会いを求めてクラブへと言いたいところだが、悲しい事に私にはそんな事するほどの親しい同僚も友人も度胸も無く、早く帰ってその分愛犬と散歩しようと自宅へ直行している。
つまりはお酒なんて一滴も飲んでいなければ、見ず知らずの男を引っ掛けて持ち帰るような寄り道もしていない。
ならこの人は本当にどこの誰なのだろう?
「あのー、起きてください」
とりあえず起こしてみる。
「あのー! 起きてくださいってばー!」
全く起きる気配がない。
どうしたものかと一旦ベッドの上に腰を落とし、気持ちよさそうに眠る男を観察する。
触り心地が良さそうなくるくるの茶髪、そこら辺の女の子よりも可愛らしい顔はどこか西洋の血筋を感じさせ、縮こまっている体は一見細身だがよく見ると程よく筋肉が付いているのが分かる。
そしてさっきまで閉じられていたはずのアーモンド型の黒い瞳が私を見つめ返していた。
「うわあっ!?」
こういう時、咄嗟にきゃーと可愛く叫べる子が羨ましい。
「い、いつから起きてたんですか!?」
「んーとねー、ついさっきー?」
男は首を傾げながら答えた。
よかった、ジロジロ見てたのは多分バレてない。
「えっと、どちら様かお伺いしても?」
いくら細身で可愛らしくても男は男。
女の私が敵うわけないし、少しでも丁寧な言葉で和かに愛想を振り撒き平和的な解決を。
「えー? ご主人様何言ってるのー?」
「お前こそ何言ってんの???」
しまった、真顔で雑な言葉遣いになってしまった。
こういう時こそ番犬って必要なんだろうな、と考えたところで私は全く姿を見せない愛犬の存在を思い出した。
「そういえばポン太は!?」
「呼んだー?」
お前じゃない。
「あの、呼んだのは私の犬……」
「俺の事でしょー?」
だからお前じゃない。
「申し訳ありませんが、私には人様に向かって犬呼ばわりする趣味も無ければ自分をご主人様と呼ばせる趣味も無くてですね……」
穏便に平和的に尚且つとっとと出て行ってもらってポン太を探さなければと焦る私に感付いたらしく、男の表情が少しずつ険しくなっていく。
「ご主人様、俺を追い出すの?」
「いえ、その……」
「俺がこの先完全にトイと呼べなくなるほど大きく育っても、ポン太が一番可愛い、ポン太以外の犬は飼いたくないって言ったの嘘だったの?」
「どうしてそれを?」
それを知っているのは私とポン太だけのはず、と一瞬男に対して警戒を解いてしまったのが仇になった。
男が一瞬の隙をつき、覆い被さるように私を抱き締めた。
「ちょっと!?」
「みんなよりも体が大きくて売れ残ってた俺をご主人様が連れて帰ってくれて、ポン太って名前を付けてくれて、俺すっごく嬉しかったんだよ」
男の抱き締める力が段々強くなっていく。
「そりゃ毎日一緒に居れば少しくらい不満はあるよ?
お散歩行こうねって嘘ついて病院に行ったり、可愛くなろうねって言ってトリミングサロンに置き去りにしたり、俺の事ほったらかして人間の雄のぬいぐるみに夢中になったり、噛みちぎらなかった俺を褒めてよねー」
「ちょっと待って」
今聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
「でもね、俺そんな事すぐどうでもよくなるくらいご主人様が大好きだし、毎日幸せだよ」
抱き締められた状態からでは見えないが、きっと今の男はポン太そっくりの幸せそうな顔をしているのだろう。
「あの……そろそろ離して……」
強く抱き締められ続けているせいなのだろうか。
すごく暑くて、息苦しくて、意識が少しずつ遠のいていく。
意識が落ちる直前に見たのは、私が予想した通りの幸せそうな笑顔だった。
再び目が覚めると、見慣れたトイプードル姿のポン太が私の胸の上に乗り上げながら顔を覗き込んでいた。
どうりで息苦しかったはずだと、ポン太を抱き上げベッドから起き上がった。
「おはよう、ポン太。
今日ね、ポン太がイケメンになった夢を見たんだよ」
随分とファンタジーで飼い主に都合の良い夢だった。
でも一応念のため、推しぬいはポン太が届かない場所に保管しようと思う。
七夕
「今年の七夕は晴れかい?」
「そうかもね」
映し出されているテレビに映るお天気アナウンサーが日本列島の画像に指し棒を当て解説する。
今年の七夕は午後もずっと晴れらしい。
「今年は織姫様と彦星様は会えるんだね」
よかったよかったと呟きながら窓の外を眺める曽祖母はとても嬉しそうな顔をしていた。
テレビ番組が天気予報から情報バラエティに変わり、七夕の日に因んだスイーツやデートスポットの紹介が始まった。
「今はこんな素敵な場所があるのね、みーちゃんもお年頃だし、いつか素敵な彼氏さんと行くのかしらね」
私はそっと目を逸らした。
「私たちも一度は行ってみたかったですね」
曽祖母が仏壇に飾られた遺影に言った。
遺影には軍服を着た厳つい顔をした男性が写っている。
「ひいおじいちゃんってデートスポット行くような人なの?」
「私がお願いしたらどこへでも行ってくれる人よ」
その言った曽祖母は恋する乙女のようだった。
星空
恥の多いとまでは言わないが、じゃあ人に褒められるような人生を歩んで来たかと聞かれたらそんな事はなく、ほとんど家出のような状態で私は生まれ育った故郷を飛び出した。
あれからもう何年経ったのだろう。
どうやって住所を調べたのか、私が暮らすアパートの郵便受けに母からの手紙が入っていた。
手紙には祖母が亡くなった事、葬儀などはもう終わらせた事、弟が結婚して孫が生まれたのを機に実家を二世帯にしたので私の帰る場所はもう無いとの事が遠回しの嫌味と共に書かれていた。
「そっか、おばあちゃん、死んじゃったんだ」
優秀で可愛い弟よりも、問題ばかり起こす可愛くない私を優先して可愛がる祖母は母に嫌われていた。
祖母はちゃんと供養してもらえただろうか。
その日の夜はいつもより眠れなかった。
缶ビールを片手にベランダに出た。
見上げた夜空に星は何処にも見当たらなかった。
「人はね、死んだら星になって子孫たちを見守るのよ」
昔、祖母が星空を指差してそう言っていたのを思い出した。
幼い頃は見えていた満天の星が見えなくなったのは、都会で暮らしているからか、歳をとって視力が落ちたからか、それとも、ろくでなしの私にご先祖様たちが愛想を尽かしてしまったからか。
緩くなったビールを一気に飲み干して部屋の中へ戻る。
真上に一つの星が輝いていたのに私は気づかなかった。
神様だけが知っている
七つまでは神のうち。
数え年七歳までの子供は人の子ではなく神の子である。
神様は子供に言った。
子供が生きるか死ぬかは親の匙加減一つで決まります。
愛しい子よ、貴方たちがご両親に愛され、健やかに生きられるように魔法の言葉を授けましょう。
喋れるようになったらこの言葉をご両親に言うのですよ。
「あのね、まま、ぼくはね、おそらのうえで、かみさまといっしょにぱぱとままをえらんでうまれてきたんだよ」
辿々しく話す幼い子供の視線の先には、こちらに向かって微笑む神様がいた。
この道の先に
様々な人で賑わう歓楽街を早足で駆け、周囲を見渡し、素早く路地裏へと入る。
そのまま早足で突き進むと、さっきまでの賑やかさが嘘のように静かになり、私の足音が辺りに響き渡った。
しばらく歩き、一軒の小さなお店の前で立ち止まった。
私の頭の中で大勢の過去の私が訴えかけてくる。
もうやめて。
今ならまだ引き返せる。
これ以上罪を重ねないで。
彼女たちの悲痛な訴えを私は鼻で笑い、店へと入る。
「いらっしゃい、いつもの?」
店主さんの問いに私は頷いた。
いつもの席に座り、持参した本を読んで時間を潰す。
彼女たちの悲痛な訴えはいつの間にか消えていた。
一歩でも踏み出してしまったら、もう後戻りはできない。
辿り着く先に絶望と後悔しかないと分かっていても、私は歩みを止めない、いや、止められないのだ。
だって、私はもう取り憑かれてしまっているのだから。
この、甘く蕩ける欲の塊に。
「はい、スーパーウルトラデラックスパフェ」
「待ってましたぁ〜!」
テーブルに置かれた巨大なパフェに目を輝かせ、私は大きなスプーンを手に歓声を上げた。
他にお客さんが居ないのをいい事にコーヒー片手に正面の席に座った店主さんが、恥じらう事なく大きく口を開け、満面の笑みでパフェを食べる私を眺めながら呆れた声で言った。
「毎週来てくれるのは嬉しいけどさ、そんな高カロリーなもの頻繁に食べて大丈夫なの? 後、危ないから歓楽街と路地裏を近道にしないでって何度も言ってるでしょ」
「大丈夫だってぇ〜、店主さんは心配性だなぁ〜」