あなたの目尻をそっと舐める犬。
「泣かないで」 白米おこめ
悴む指先で、自販機のボタンを押して、
あたたかい飲み物を取り出す、その瞬間。
「冬のはじまり」 白米おこめ
コンポタはじっくりコトコト派。
さよならは、頬を撫でるその手つきで分かったの。
離れがたさを含んで、いっとう優しく撫でていたの。
私は微睡の中で、生ぬるい優しさの中で、
ひとつ泣いていたの。
あなたは私よりもずっと泣いていたから、
気づかなかったのでしょうけど。
私とあなたの涙のペトリコール。
さよならを言えないまま逢えなくなったって、
別に構わないの。
私はずっと好きなのだから。
だから、どうか、あなたの人生を。
「終わらせないで」 白米おこめ
一口に“愛情”と言えど、
それは姿かたち、色、匂い、味でさえもバラバラであり、
またそれを食す人によっても感じ方が変わる、
摩訶不思議な感情なのである。
誰かに嫌いだと言われた時に、
自分は好きだよと言えることと、
自分も嫌いだよと言えること。
言うなれば、どちらも愛情だと捉えることができる。
…愛の反対は、嫌悪ではなく無関心だという話がある。
言葉を返してくれるのならば、
そこには一種の愛が消費されている。
こちらに伝えたい訳ではなく、伝わることもなく、
会話をするために必要な最低限のコストのような愛。
私達は日々誰かの為に愛を消費して、
そして他者からの愛に口を付けながら、
血液の循環のように、身体中に張り巡らされた愛情の管を
満たして生きているのだ。
「愛情」 白米おこめ
泥濘の始まりのような怠さが身体を重くする。
ぼやけている視界に誰かの姿が映り、
額にはひんやりした手のひらの感触が加わった。
自分の熱が、触れているところから誰かの手へと流れる。
まるで、冬のマグカップの気分だ。
自分に触れる誰かの手は、ひんやりして気持ちがいい。
マグカップも僕達と同じように思うのかもしれないと
思いながら、僕は目を伏せたままその手を掴んで
微かに熱を感じる頬を冷ますために引き寄せた。
頬に触れたその時、手は少し慌てたように力が入る。
僕は熱に浮かされてそれに気付かないふりをして、
薄目のままでその人を見た。
段々と結ばれてきた焦点と共に、
誰かの姿が形を成していく。
言い訳にならないくらいの
些細な微熱をこっそり飲み込んで、
あいもかわらず熱に浮かされているふりをして。
自分の微かな熱を渡すように、
あなたに触れて、溶ける。
「微熱」 白米おこめ