「血って赤いんだよね」
太陽の光を遮るようにして手を伸ばしている彼女が、
脈絡なくそう呟いた。
「…なに、突然」
怪訝な顔を隠そうとも思わずに彼女を見る。背景を揺らしながら、太陽はじわじわと自分達を上からも下からもあっためてくる。否応なしに流れてくる汗を、肩にかけたタオルで拭いた。今は運動会の真っ最中で、グラウンドの方ではわーきゃー言いながら大玉転がしをやっているというのに、彼女は全く戦況を見ていないらしい。まぁ、俺も同じだけど……と思いながら運動靴で地面を擦った。俺が見ているのは、太陽ではないけれど。
彼女は太陽に透けた自分の手を見ているようだった。横からそっとその手を盗み見れば、確かに太陽に翳した手は赤く透けていた。これが直接血を見なくても色がわかる、唯一の方法なんだろうか。
何となく、自分も太陽に手を翳した。眩しさを乗り越るように目を細めれば、彼女と同じように手は赤く透けた。人間みんな同じなんだな、と少し思った。
グラウンドの方から一際大きい歓声が上がった。どうやら、勝負が決まったようだ。翳していた手を下ろして、喜んでいるのがどちら側かをじっと見る。どうやら、自分達のチームが負けたみたいだ。
「…向こうの勝ちっぽいね」
「これ、勝敗が最後のリレーにかかってるやつじゃない?」
彼女が少しだるそうにため息をついた。俺と同じように、彼女もまたリレーの代表に選ばれているからだろう。近年のあれこれが理由なのか、今年は男女混合リレーが運動会のトリを飾る種目になっている。更に言えば、男女交互にバトンを渡すというルールであるため、彼女と俺は順番が前後だった。プレッシャーかかるなあ、とか言いながら彼女は靴紐を結び直している。俺と違って、彼女は文化部なので他クラスの人と競うのが嫌なんだろう。こればかりは足ばかり速い自分を恨むしかないと、彼女はいつもそうやって笑っていた。
きゅ、と同じように靴紐を結ぶ。運動会も終盤のためか、太陽が少し傾いてきた。秋も半ば、西日とまでもいかなくても眩しい陽に目を細める。
ぐ、と手を肩幅に開き、指先を地面につけた。カウントダウンで膝を伸ばす。スターターなんて柄じゃないと何回もぼやいたが、くじ引きで決まった結果であるためしょうがない。ピストルの鳴る音と共に、身体を前に押し出した。
カーブを走る中、滑りそうになる足でなんとか地面を踏み締める。太陽が背に当たり、さっきの彼女との会話を思い出す。あの時の手と同じように、今度は自分ごと赤く透けているんだろうか。
彼女の背が見えてきた。しっかりとこちらを見据える目には、西日など見えていないようだった。練習していた時と同じ距離で、彼女が走り出す。こちらに目は向けず、されど手は差し伸べたまま。
ぎゅ、とバトンを握りしめる。西日がささった彼女の手は赤い。その赤さに覆い被さるように、俺はバトンを彼女の手に押し込んだ。
暑く眩しい太陽の下で、彼女の姿が赤く透けていた。
「太陽の下で」 白米おこめ
あみあみ。あみあみ。あみあみ………
“男が編み物なんて”
なんて、言われる時代は終わったんです。
喜ばしいことです。
でも、別に慣れている訳じゃないので、
手にマメができましたが、それでもいいんです。
「最初はもっと簡単なのにしたら?」と母は言いました。
全くもってその通りでした。母さん、僕は後悔しています。
あみあみ、あみあみ……
全く終わらない手縫いのセーター。
いやなんで本当に、初心者なのに
初めての作品をセーターにしてしまったんだろう。
……いや、でも、だって。
うちの犬が、寒そうだったんだもん。
「セーター」 白米おこめ
さらさら、砂が落ちていく。
どんな人だって、毎日、毎分、毎秒。
さらさら。さらさら。
誰かの砂時計が落ちて、砂が地面に広がっている。
溢れた砂は元には戻せない。風に乗って飛んでゆくだけ。
落ちた砂は戻せない。砂時計は逆さにはならない。
ただ流れ落ちる砂の音を、誰もが同じように鳴らしている。
「落ちていく」 白米おこめ
誰かのブーケトスの花びらがあなたの髪に触れて、
思わず摘んで取ったそのひとひらが宙へと舞っていく。
その花びらはいつしか投げたブーケのひとひらになり、
今度は君のベールの上を滑り舞うんだ。
「夫婦」 白米おこめ
小さな子のように泣きじゃくる貴女の手を引いて
屋上の非常ドアをくぐる以外の道は俺になかった。
「どうすればいいの?」 白米おこめ