鐘の音
昔から、僕には鐘の音が聞こえる。
それは僕の頭の中だけに聞こえる音だ。
聞こえるタイミングはさまざまで、例えば普通に道を歩いているときとか、テレビで天気予報を見ているときとか、隣のクラスのよく知らない女の子に告白されたときなんかに突如として聞こえてくる。
鐘の音と言っても、お寺などで鳴らす鐘の音とは違って、カーンカーンというやや甲高い音だ。
ちなみにその音が聞こえたあと、僕は曲がり角で自転車と激突して大怪我を負ったし、天気予報を見た一週間後には強い台風が来て自宅が半壊したし、付き合った女の子は顔は可愛いのに発言の80%が他人の悪口だったので幻滅してしまった。
察するに、この鐘の音は文字通り僕に警鐘を鳴らしているのだ。
ある夜、僕は大きな鐘の音に驚いて目を覚ました。今まで聞いたことがない爆音で、いつまで経っても鳴り止まない。一体何が起こる? 地震か? 右往左往するも、特に何が起こる気配もない。それでも鐘の音はけたたましく鳴り続けている。
今でもずっと、鳴り続けている。
つまらないことでも
——毎晩寝る前に、今日あったいいことを数えるの。お昼ご飯がおいしかったとか、帰り道で猫を見かけたとか、どんなにつまらないことでも。
それが前向きに生きる秘訣だと、小学生のときの親友が教えてくれた。私はその晩からさっそく実践してみたのだが、もともと飽き性のため三日と続かなかった。
あれから私たちは大人になって、疎遠になって、再会したのは彼女の葬式だった。よく晴れた夏の日だった。
帰り道、私は彼女の最期の晩を想像した。その日あったいいこと、一つも思いつかなかったのかな。でも、次の日だってあったのにな。次の日がだめならその次の日だって。そうやって騙し騙し生きていれば、どんなにつまらないことでも、いいことだと思える日がまた来たかもしれないのにな。バカだな、あいつ。
目が覚めるまでに
彼が私を振って私の友人と付き合い始めた。
友人は特別美人というわけではないけれど、色白で楚々とした佇まいの魅力的な女性だ。細やかな気遣いができて、頭の回転が早いから一緒にいて楽しい。彼が何かの拍子にうっかり惚れてしまったのも仕方がないと思う。
唯一彼女に欠点があるとすれば、それは彼女の恋人は彼を含めて七人もいるということだろう。
「なんていうか、ゲーム感覚? 別に誰のことも好きじゃないよ。私、男の人嫌いなの」
たしかに相手を同じ人間だと思っていたらできない所業だ。何も知らずに舞い上がっている彼は少々不憫だけれど、私はにやにや笑いを抑えきれない。
いつか目が覚めるときまで、せいぜい幸せな夢でも見ていろよ。
病室
夜中にふと目を覚ますと、ベッドの横に母の姿があった。四年前に他界した母だ。
母は私の顔を見下ろして、微笑みを浮かべている。
これは夢か幻、幽霊か。無意識に手を伸ばすと、母がその手を優しく握った。触れられる。不自然なほどリアルな皮膚の感触。違和感を覚えて手を引っ込めようとすると、思いのほか強い力で引っ張り返された。私は母に導かれるまま、ベッドから下りて病室の扉をすり抜けた。おかしいな、病室の扉は閉まっていたのに。私はこれからどこへ連れて行かれるのだろう。