透き通り、澄み渡る。
はじめからそうであったかのように
すうっと染み入って、すべてを潤す。
あなたにとってのわたしもそうであるのなら、
こう呼んでも良いですか?
運命の人。
【透明な水】
幼い頃から大好きな絵本の物語。親しんで憧れたお姫様たちの物語。
王子様と出会って、恋をして、すれ違うこともあるけれど、最後はこの言葉で結ばれる。
『いつまでも幸せに暮らしました』
めでたしめでたしのハッピーエンド。
運命に導かれた真実の愛を得て。本の表紙を閉じるとき、お姫様はきまってみんな幸せだ。
私もいつか。願って、そうしてやっと巡り合えた。私の王子様。はじまった、素敵な素敵な恋物語。
私は知った。恋は苦しい。王子様を想う、それだけで胸が締め付けられる。届かない想い。重ならないタイミングのもどかしさ。すれ違うことすら叶わない日は、狂おしさにどうにかなってしまうそうだ。
それでもきっと。この人は私の運命だから。苦しさを乗り越えて、いつかあのお姫様達のように幸せな結末を迎えられる。
信じてた。夢を見ていた。けれど、どうしてだろう。
王子様は、私ではないあの子を迎えにいってしまった。
膨らんだ想いを伝えることすらできないまま。王子様が手を取ったのは、私ではないお姫様。
どうやら私はヒロインじゃなかったみたいだ。
運命を信じて待っていただけの私は、舞台にすら上がれずに。そんなことにも気付かずに、夢を見ていた滑稽なただの町娘。
これはお姫様の恋物語。
私ではない、別の誰かの。
【恋物語】
目を閉じたら広がる暗闇。けれど意識はなかなか落ちてくれない。チクタクと聞こえる時計の音が延々、延々続いている。
目を開く。閉じたカーテンの隙間からうっすら漏れた街灯の光。時折ごおっと聞こえてくるのは国道を走る車の音。こんな時間に一体どこへ走るのだろう。考えてまた目を閉じる。
微睡みかけた意識の中でリフレインする嗤い声。にやけた瞼のその奥の瞳の、ゾッとするような冷たさ。
振り払うように寝返りを打って、身体をぎゅっと縮こめる。あの頃になんて戻れないのに。子宮で揺蕩う胎児のようだ。
眠れない。眠りたいのに、その先に待つ明日が怖い。
きっと大丈夫。明日になれば何事もなく、またいつもの日常。私はいつもの顔で、いつものように溶け込めばいい。
少し失敗してしまったけど。なあに、気にすることはない。私はうまくやれる。大丈夫、取り繕える。
目を瞑る。居ても立っても居られない口腔の渇き。起き上がって蛇口を捻って。再びまた布団にくるまる。
静けさが心を揺さぶる。誰とも分かち合えない痛みと向き合う孤独な戦い。逃げ出したい。もう眠りたい。楽になりたい。
真夜中には居たくない。けれど、明日にも行きたくない。光のないトンネルの中で、ずっと出口を探している。
私は一体、どこへ向かえばいいのだろう。
考えて、やがて、朝日が昇る。
【真夜中】
愛は私にとっての翼だ。
地の底を這うしかなかった芋虫のような私が、艶やかな翅を得てどこまでも翔んでいける。
貴方の笑顔を見守るために。
貴方の涙を掬うために。
貴方の怒りを晴らすために。
憂いを、嘆きを、悲しみを。喜びを、悦びを、歓びを。
貴方の全てを抱き止めるために。私はどこまでも羽ばたいていく。
ああ、貴方が大好き。
貴方に出会ってから、私の世界の全てが変わった。
貴方は私の世界の光。暗闇の中の甘い蜜。何も見えなくたって、貴方の方へ、私は向かう。
私は貴方の幸せになりたい。帰る場所になりたい。心を許してほしい。どうか、私を見てほしい。
この愛は私の炎。燃え尽きるまで、はためく翼。
貴方のためなら何でもできる。
たとえ、貴方が私を知らなくても。
【愛があれば何でもできる?】
あの時、君を助けたこと。
その行動に一つも後悔なんてない。君の笑顔と、優しい歌と、光溢れる未来を守ることが出来たのだから。
代償として流された血に、凍えるほどの痛みに、果てのない暗闇に突き落とされ、もう二度と戻れないとしても。
涙を流し、悲しみに沈む君に。もう二度とこの手は届かない。その温もりに触れることも、共に歌うこともできない。
君をひとりにして、泣かせてしまって、消せない傷を残してしまった。
ごめん。ごめんね。
言葉はもう音にならない。ただ風に流されて、君の髪を撫でるだけ。
だけど、僕は信じてる。
傷は癒える。君はきっと前を向ける。
僕のことは、どうか忘れて。君はどうか、未来へ進んで。
その幸せを、静かに、祈っている。
【後悔】