『遠くへ行きたい』
もう何もない。
思いもない。
感謝もない。
功績も、
実績も、
私という、
存在も。
忘れられてしまいたい。
消え去ってしまいたい。
どこか遠くへ行きたい。
あなたの中に残らないよう。
誰にも知られず、
密かに、静かに。
まるで
初めから
いなかったかのように。
まるで
私という存在が
夢であったかのように。
私の心が壊れてしまう前に。
『クリスタル』
「見っけ」
小さな手で、砂を掘る。
まるくやわらかい
小さな手の上には、
キラキラとした
硝子瓶の破片。
ギラギラと光る太陽の下で
必死になって集める、
砂鉄と硝子。
煌めくクリスタル。
輝くジュエリー。
これが自分の宝物。
毎度、見せてくれる
あなたの瞳は
紛れもない クリスタル。
ずっと私の宝物。
『夏の匂い』
風が吹く。
陽が当たる。
虫が飛ぶ。
世界が揺れる。
肌には、
刺さるように陽が差し、
背中や顔には
じりじりと
汗が滲む。
麦わら帽子と
広大な向日葵畑は
未曾有の景色。
ほら、目をつむってごらん。
青い、蒼い、
夏の匂いが
草木 そして花の匂いが。
夏を、告げる。
『カーテン』
その隙間から差し込む光には
夏らしさと呼べばいいのか、
部屋の床には一本の線。
休日の昼下がり。
エアコンの効いた部屋で
カーテンを閉めても眩しい光。
カランと鳴るカルピス。
滴る水滴。
大量の種。
やったままの課題。
フローリングの床に、
汗で湿る肌がぴたりと付く。
カーテンの隙間からのぞく、
その光の筋は暑くて。
ふと、窓の外
金魚が描かれた風鈴が
その隙間でチリンと鳴った。
『最後の声』
急いで駆けつけた病室。
カーテンレールで仕切られた寝台。
サイドテーブルの華やかな造花。
愛して、
笑って、
泣いて、
共にして。
彼はそっと息を吸って、
告げる。
「ありがとう」
細い声で、彼は言う。
そしてそっと、呼吸が止まる。
一番彼に愛された私は、
涙も流れぬまま。
ただ無言で叫ぶ。
人は、あい で始まり
をん で終わるという。
最後の声はきっと、
最期の をん、
恩だったのだろう。