『踊りませんか?』
紺藍の夜空に、
浮いた月。
天頂で、白く、淡く。
ルージュ・ドゥ・サンのドレスに身を包み、
耳の上のあたりで結われた髪に、
刺された薔薇の髪飾り。
ノワール・ドゥ・シャルボンの背広に身を包み、
目の元まで下ろした髪に、
すらりと伸びた下半身。
まるで、今日の主役は彼女らなのだと、
言わんばかりに。
そう、物語る。
白手袋に包まれた手を、紳士に差し出し、
長手袋に包まれた手を、そっと置く。
踊りませんか?
そう誘ったように、
今宵は深く、長く。
耳から拾う音に、ひらりと。
明けない夜に、舞うように。
もう、今宵の主役は彼女らなのだと、
言わんばかりに。
『奇跡をもう一度』
私は目を閉じた。
その刹那。
唇に、
柔らかいそれに、そっと触れられた。
私は目を見開いた。
その刹那。
唇に、
その上に、その中に、
あたたかいそれに、口は、占拠された。
はじめての感覚。
私の頭は正しい判断をしてくれない。
また、
また、
その奇跡を、もう一度。
その奇跡を、軌跡として。
もう一度。
『たそがれ』
完全に日が沈む前の、
少しだけ、
太陽が斜めから強く光るとき、
黄昏時だと、教えてもらった。
なんだか、身体が重くて、
なんだか、帰るのが、寂しいような、
そんな時間。
橙色の光は、私の目や肌を刺す。
手を繋いで、少し上を見上げてみて、
にっこり笑うのを見て、私も笑う。
逆光で、あまり見えなかったけれど。
それでも、儚い記憶。
もう数十年も前のこと。
いわゆる父親という存在。
私の中に残る、唯一の、記憶。
だからいつもこの時間になると、思い出す。
たそがれ、の、記憶。
たそがれ どき の、
私の中で、永遠に生き続けて。
たそがれて。
「形の無いもの」
何故私がこう感じるのかは、わからない。
何故貴方に惹かれるのかは、わからない。
なんとなく、なんとなく。
ただ、
貴方の前では笑っていられる。
貴方といると楽しい気分になれる。
貴方にだけは、涙を見せたくない。
それでも貴方の涙を拭いたい。
これはただ、形の無いもの。
たぶんきっと、これが恋ってやつなのかな。
だからきっと、形無く、目に見えず、
心の中で震え続けるのかも、しれない。
『不完全な僕』
かの有名な人が描いたという絵も、
あの大人気の歌手が歌う歌も、
その偉大な書道家が描く文字も、
あの有名な人が受け継がせた建築も、
何もかも、この世界には芸術が溢れていて。
けれどその全てが完璧じゃない。
きっとどこかが不完全で。
きっとどこかが未完成で。
それは、僕を描いているようで。
このアートな世界で生きる僕は、
まるで色相環。
多彩な絵も、見えない歌も、色がない墨も、立体的な建築も、
すべてが僕と重なるようで。
未完成な僕の人生。
それでいて、不完全な僕。
きっと、だからこそ、人生は美しく輝く。