願い事
ランタンフェスに行こう、と誘われて夜の海辺へ。
今のランタンリリースは、ラプンツェルの映画みたいに空へ飛ばさない。
環境問題とか色々あって、願い事を書いた紐付きのランタンを凧のように浮かべるだけだ。
夢が叶いますように、幸せになりますように、平和でありますように。
皆の願いがオレンジ色の灯りになって、ふわっと一斉に浮き上がる。
うっかり見過ごされてしまいそうな、淡い淡い蛍のような光を精一杯高く掲げる。
きっと空の神様も、あれは何かな?と目を凝らしてくれたはずだ。
空恋
今日は年に一度しか逢えない、空の恋人たちのための日。
だから今夜は会わないし、電話もLINEもしてこないでね。
あなたが居なくて、悲しかったあの頃を私が忘れないように。
私たちが幸せに慣れ切ってしまわないように。
波音に耳を澄ませて
耳鳴りがするの…と少女が受診にきた。
この前海へ行ってから、波の音がして止まらないんです。
中耳を覗くと、なるほど波音の結晶が出来ている。
こんなに大きいのは珍しいから、よほど楽しい記憶だったのだなと私は思った。
「思い出の音に何度も何度も耳を澄ませると、結晶になってしまうことがあるので気をつけて下さいね」
そう言うと、少女は顔を赤くして
「はい」と小声で答えた。
「取った結晶を持って帰りますか?」
「お願いします」
小ぶりのジップロックに、ビーズのような結晶を入れて渡すと、少女は大事そうに鞄に仕舞って帰って行った。
夏になるとこういう患者さんが増えてくる。
青い風
朝8時。
どこかの草原で生まれた風が、青い馬になってやって来た。
夏を連れてきたよ!とトロットで。
「間に合ってます」
お断りしたら、拗ねてもわっと熱気になった。
もう出て行く気はないみたい。
遠くへ行きたい
雨がようやく上がって虹がかかり、私は雨宿りの大木を離れて森の外へ出た。
虹のふもとでは髭のレプラコーンが、せっせと壺を埋めている。
捕まえて中の金貨を奪おうか、いやいやすぐに立ち去ろう。
向こうの丘から、黒馬に変身したプーカが走って来るのが見えたから。
……と楽しく文字を打っていると、表で洗車していた夫が汗だくで戻ってきた。
私は急いで秘密の書くアプリを閉じる。
エアコンの効いた部屋と冷たいパイナップルジュースに
「あー、家の中は天国だな」
と一瞬ため息をついた夫はすぐ
「今日はどこへドライブする?ちょっと遠出してみる?」
などと言う。
まあ、じっとしていられない人なのだ。
この暑い中出かけなくても、充分心は遠くへ飛んでたんだけどな…と思いながら私は帽子を手に取る。
どうせなら、人魚を探しに海まで行きますか。