雨音に包まれて
古い茅葺き屋根を、しとしと雨が濡らしています。
雨の日の遊びは、畳いっぱい広げた折り紙、おはじき、カルタにあやとり、紙ふうせん。
「やっと会えたね、フジエちゃん」
「待たせてごめんね、キミちゃん」
「ずっと忙しかったもんね」
「そう、学校へ行ったり、お婿さんが来たり、お母さんになったり、お祖母さんになったり、後は忘れちゃった」
「もうすっかりいいの」
「うん、すっかり」
「じゃあ、ずっとずっと遊べるね」
小さな座敷わらしの女の子と、年を取って同じくらい小さくなったお婆さんが、楽しそうに笑っています。
優しい雨音に包まれて、遠い日の仲良し二人は、終わらない遊びを始めます。
どうしてこの世界は
……何という無関心な世界だ。
男はそっとほくそ笑んだ。
男の正体は宇宙からの侵略者、ここは太陽系第三惑星の東方の地である。
擬態して都心部に降りたってみると、住民の無関心さに、男は驚くばかりだった。
その理由は分かっている。
この星の住民は個々に意識を持っており、あの貧弱な頭部で各々別のことを考えているらしい。
種の共有意識器官をもつ男には、信じがたい非効率な生態だが、侵略にこれほど好都合な星はない。
試しに大声を出したり近くの物を破壊したりすると、住民はちらっとこちらを見るだけで、すぐに目をそらして去ってゆく。
個に関係しない限り、何が起ころうが無関心ということだった。
早速本隊を要請しようと決めた男は、ついでに通りすがりの原始的な乗り物を蹴りつけた。
中には住民の幼体が乗っており、倒れた拍子にけたたましく鳴き出した。
幼体の強度を確かめるべく手を伸ばした、その時。
突然背後から激しく突き飛ばされ、気づくと男は住民に取り囲まれていた。
数人が上からのし掛かり、大勢が薄っぺらな四角い機器をかざしている。
「赤ちゃんになんてことを…」
「無事で良かった…」
「悪い奴…拡散…」
「警察はまだか…」
言葉は解らずとも、住民たちの怒気が束になって迫ってくる。
“なぜだ…?”
男の頭の中に、母星の仲間の共有意識が混乱しつつ流れ込んだ。
“この世界に共有意識はないはずなのに…どうして…”。
水たまりに映る空
にわか雨の水溜まりに、ちっぽけなおもちゃの魚が泳いでいた。
水面には明るくなった空がくっきりと映っていて、おもちゃの魚はエヘンエヘンと得意げに咳払いをする。
「まあね…エヘン、僕は空を泳ぐ魚になったわけですよ。お風呂やプールや海なんかじゃなくってね」
ずいぶん偉そうなので、私はきっぱり現実を知らせることにした。
「悪いけど、それ空じゃないから。空が映った水溜まりだから」
「えっ…」
魚はショックを受けて絶句した。
魚の落ち込みがあんまり激しかったので、ちょっと可哀想になった私は、そのまま家へと連れ帰った。
糸をつけてモビールにして二階のベランダに吊るしてやると、魚はたちまち自尊心を取り戻し
「エヘン、つまり僕は空飛ぶ魚になったと…そういうことですね」。
そんなわけで、今日も魚はベランダで風に揺れながら、エヘンエヘンと空を飛んでいる。
恋か、愛か、それとも
想像してみて欲しい。
見た目が完璧に好みで、胸が苦しいほどときめくのに、絶望的に相性の悪い相手を。
価値観が何もかも合わず、五分も話せば腹が立って、軽蔑しつつも恋してしまう相手を。
そういう二人がギスギスと向かい合っている。
「お前もう口きくなよ、ムカつくから」
「あんたこそ黙ってよ。張り倒したくなるわ」
罵った相手のぷいっと背けた横顔も、額にかかる髪も、それを払う指の形さえ好きでたまらない。
そんな不毛な恋人たちを、青ざめたキューピッドが物陰から窺っている。
このやらかしは、始末書程度では済まなさそうだ。
傘の中の秘密
お母さんに新しい傘を買ってもらった。
見た目はただ濃い青色だけど、パッと開くと内がわに小さな星が描いてあって星空のように見える。
「いいなあ、その傘いいなあ」
お友達の夢ちゃんはとっても羨ましがって、自分もお祖母ちゃんに作ってもらう!と言った。
夢ちゃんにはお母さんはいないけれど、優しくて何でも魔法みたいに手作りしてしまう不思議なお祖母さんがいる。
次の雨の日、新しい傘を持ってきた夢ちゃんは何だか恥ずかしそうな顔をしていた。
「あのね、お祖母ちゃんに星模様の傘が欲しいって言ったらね…」
ほら見て、と言われて夢ちゃんの傘の中を覗いた私は、あっと驚いた。
そこには本物の星空が広がっていたのだ。
傘の端から端を、たくさんの流れ星がスーッスーッと横切っている。
「お祖母ちゃん張り切っちゃって、本当の夜空を貼ったみたい…びっくりだよね」
ううん、すごいよ!流れ星に願い事しようよ!と私が興奮して言うと、夢ちゃんはやっと笑顔になった。
夢ちゃんと私はいつもこんな感じ。
お互い羨ましくてたまらないのはどうしてなのかな。