光輝け、暗闇で
特に輝きたいと思ったこと、ないんですよ。
そんな光ってしまったら、人目を引くじゃありませんか。
そしたらね、注目されるかわりにあれこれ言われるでしょう。
この時期輝いてるアルクトゥールスなんて、牛飼いだの大三角だのってイメージがついて、スピカと事実婚だとか噂されて。
ああいうの苦手なんです。
そもそも光るような資質もないですしね。
ぼんやりひっそりマイペース。
見られなければ気楽だし、気づいてくれる人がいれば有難い。
星の数ほど星はある。そんなのがいても良いでしょう?
そう言って、六等星の男は軽く会釈して去って行った。
酸素
その人には名前も性別もありません。
とっくの昔に生態系の壊れた古い古い星の、緑の種族の最後の一人なのです。
とても美しい種族だったので、地球で手厚く保護されて、完全管理の特別なドームで暮らしていても、なぜかいつも息苦しそうでした。
私は何人目かのお世話係で、言葉の通じないその人のために、ある日自己流のピアノを弾いてみたら、ことのほか喜ばれてしまいました。
以来お世話はそっちのけで、毎日ピアノを弾くことになったのです。
私がピアノを奏でると、横たわったその人の長い髪がするすると伸び始めます。
ベッドから溢れて床いっぱい、薄緑の髪が広がって、まるで野原にいるよう。
するとその人は深く深く息を吸い、気持ち良さそうに目を閉じて、小鳥のような言葉を呟きます。
緑の種族の寿命は分かりません。
私が通うようになって半年後、その人は枯れるように亡くなりました。
私のピアノは何だったのでしょう。
生き物のいなくなった、古い星の風の音?
それともいっそ、酸素のようなものだったのでしょうか?
記憶の海
メモリーダイビングの無料モニターに応募してみた。
人気のリラクゼーションサロンが新しく始めたプログラムで、懐かしい記憶の海に潜って癒されましょう!という触れ込みだ。
カプセルの中でヘッドセットを着けて横たわると、体温より少し高い粘着性のある液体に首から下を満たされ、
ほんのり温かい海に浮かんでいるような心地になる。
起きているのと寝ているのと中間のような状態で、柔らかい光に包まれて過去の記憶が再生されてゆく。
幼い頃の楽しい思い出、もういない祖母の声、すっかり忘れていた懐かしい場所や人々。
イヤなこともあったはずだが、そんなものは出てこない、嬉しい良い記憶ばかりに心が満たされる。
思い出がごく最近のものになった時、そろそろおしまいなんだな…と残念に思っていると、カプセルが静かに開いて
「お疲れさまでした」
とスタッフの顔が覗いた。
「いかがでしたか、リラックスして頂けましたか?」
別室に案内された私は、にこやかにアンケート用紙を渡された。
「はい、とても良かったです。
でも、記憶の途中で知らない人が時々出てきて…。知らないっていうか、身近な親しい感じはするんですけど、顔がないんです」
「ああ、それは」
スタッフは頷いた。
「お客様はモニターコースですので、思考、嗜好、経歴が合う方をこちらで選び、記憶にマッチングさせて頂いております」
えっ、と驚く私に見せられたのは、婚活会社のパンフレット。
「私どもこちらの会社も経営しておりまして…。
どうですか?とても他人とは思えない、懐かしさだったでしょう?
お客様の人生にぴったり寄り添える方、宜しければ紹介させて頂きますよ」
無料モニターってこういうことだったのね…と悔しく思いながら、私は差し出された申込書から目が離せなかった。
夢を描け
今は特に思いつかないけど、いつか本当にやりたい夢が見つかった時のために、自分の可能性だけは広げておきたいんだよね…。
そう言って、知人のT君は中学生の頃から勉強もスポーツも頑張って、良い大学に入り、資格をたくさん取って、一流会社に就職して世界を飛び回り、素敵な女性と結婚し、可愛い子供に恵まれた。
てっきり夢を叶えたのだと思っていたら、
「いや、まだ探し中」
なのらしい。
夢を見つけるって大変だ。
届かない……
ペットボトルのキャップを閉めようととしたら、指が滑って転がった。
人をダメにするクッションに埋もれたまま、落ちたキャップに向かって手を伸ばすが、あと少しで届かない。
“こっちへ来い!”
と念じると、キャップはヒュッと手の中に飛び込んできた。
この能力は子供の頃からの横着が高じて身についたもので、サイコキネシスと呼ぶにはあまりにショボい。
届きそうで届かないものを、ほんの少し引き寄せるだけだ。
俺はさっきから、考え込んでいる。
今日、同期の彼女を初めて食事に誘った。
「えっ、二人で?」
と驚かれ、思わず“来い!”と強く念じてしまったら
「いいよー、いつ行く?」
急に彼女は満面の笑顔になった。
あれは俺の能力が通じたのだろうか?
俺の彼女への気持ちは、あとちょっとで届くんだろうか?それとももう届いたんだろうか?