ひとひら
思いがけない人から、思いがけず嬉しい言葉をもらった。
ひとひらの言葉に切り裂かれることもあるけれど、今日はそれがひらりと胸に落ちて、ぼんぼりのようにずっと灯っていた。
君と僕
子供の頃の自分の写真を見ると、長い髪にリボン、袖のふくらんだワンピースを着て、いつも大きな人形を抱いている。
母の趣味である。
習い事はピアノ、持ち物はどれもピンク、遊びはお家の中でままごとやお絵描き。
昭和のことで、兄弟もいないので特に疑問を感じず、いかにも女の子然として育った。
ところで結婚して息子が生まれた。
そこで初めて、男の子とその遊びというものを知ることになった。
これがびっくりするほど楽しいのだ。
砂場の泥まんじゅう作りに始まって、プ○レールやト○カ、野球にサッカー。
特撮ヒーロー番組などは私の方がハマってしまい、率先して変身グッズや怪獣のおもちゃを買い集めてしまった。
それからカードゲームに少年マンガ、息子と一緒に男の子を追体験するのは本当に楽しかった。
私の中の“僕”に出会わせてくれた息子、どうもありがとう。
#桜
近所の公園に、ひときわ見事な桜の木がある。
幹は太くて枝も立派で、それは綺麗な花が咲く。
通りがかりの花見を毎年楽しみにしていたのだが、一つ気になることがあった。
なぜか散ったわけでもない、付け根の所でぷちんと千切れた花が、地面にたくさん落ちているのである。
児童の多い公園だから、子供がふざけて千切ったのかな…と思っていたが、あまりにも量が多い。
不思議に思って木を見上げると、目の前にくるくる花が落ちてくる。
花弁をしっかりつけたまま、竹とんぼのように次から次へと落ちてくるのだ。
後で調べてみたら、桜の花を落とす犯人はなんとスズメで、蜜を吸うために花を千切るらしい。
他の桜は無傷だったから、あの木の蜜はよほど美味しいのだろう。
ところで立派に見えた幹には酷く虫が喰っていたそうで、その桜の木は去年突然伐採されてしまった。
今年の春、私ときっとスズメも寂しい思いをしている。
#またね!
娘を抱いてマンションの屋上へ上がる。
晴れた日の夕暮れ、温い風が心地好い。
娘はいつもここへ来たがるが、すっかり大きくなって、抱いていると腕が痺れてくる。
そのうち激しく暴れ出したので、下ろそうとしたとたん、初めて口を利いた。
「マタネ、オカアサン」
キーンと耳鳴りがしたと思うと娘の背中が割れ、羽音と共に空へ舞い上がる。
私ははっとした。
子供など産んだ覚えがないことに気づいたのだ。
“それ”が遠く夕焼けの中に消えてゆくのを茫然と見送る。
私はいつから、何を育てていたのだろう。
#涙
祖母の遺した、真珠のネックレスを手に取る。
子供の頃何度も見せてもらって、これは昔仲良しだった人魚がくれたのよ、と聞かされた。
そういう事を、大真面目な顔で言う人だった。
祖母から受け継いだものの、私はまだ一度も身につけたことがない、
明日は祖母の一周忌。
ふと思いついて、初めてネックレスを鏡の前で着けてみた。
真珠はひんやり青く輝き、確かに人魚の涙と呼ぶのに相応しい。
「あっ…」
肌にのせたとたん、真珠は氷が溶けるように水滴になってしまった。
するん、と雫が胸を流れた。