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3/15/2025, 3:05:01 AM

#君を探して

 テーブルの上にお手紙が。

 濃い鉛筆の字で「テレビ」と書いてあり、はて?とテレビの裏側を覗いたら、折り紙で作った手裏剣が落ちていた。
手裏剣に「れいぞうこ」の文字がある。
 キッチンへ行って、冷蔵庫の引き出しを下から順に開けてゆくと、野菜室の中に折り紙のパタパタ鳥がいた。
今度は「かがみ」と書かれている。

 鏡、鏡…と寝室へ行くと、ドレッサーの上に「ママおめでとう」のカードと、赤い折り紙で作ったバラの花を見つけた。
ドアの陰に隠れてわくわく覗いている小さな犯人を、引っ張り出してぎゅうっと捕まえる。
 私の、人生で一番嬉しかった誕生日のお話。



11/24/2024, 12:02:30 AM

#落ちてゆく

 長ーい上り坂を一生懸命登っていたつもりだったのに、いつの間に下り坂になっていたんだろう?
ピークって、いつ過ぎたっけ?

 山登りの話ではなく、人生のことである。
 高校時代の友人たちと、久しぶりにランチをした。
なかなか全員顔を揃えるのは難しくて、実に十年ぶりだ。
 前に会った時は四十代、終わりかけた子育てのことや、仕事のこと、美容の話で盛り上がったが、今回は違った。
“人生の黄昏時”に差し掛かったことを、皆ひしひしと感じていて、話題は衰えた体力と能力、思わしくない体調、老後の不安ばかりである。
 あんなに若かったのに、青春を過ごしていたのに、坂道を転がり落ちるように、私たちは知らぬ間に老いている。
 愚痴とも自虐ともつかず、苦笑混じりで話していたら、隣の席に四人組の高齢女性が座った。
ハイキング帰りのようなカジュアルな服装だが、全員かなりの高齢である。
 彼女たちは注文したカレーをもりもりと食べ、その会話がこちらのテーブルまで届いた。
「生きてるって、楽しいわねぇ!」
「そうそう、ほんとにねぇ!」

 私たちはハッと顔を見合わせて、黙り込んだ。

11/20/2024, 1:48:12 AM

#キャンドル

 街のあちこちで見かける、秋のキャンドル。
公園で、ご近所の庭で、郵便局の入口で。
 全力で走ったのに間に合わなかったバスの、停留所のベンチにへなへなと腰を下ろしたら、傍に咲いた真っ赤なケイトウが、炎を揺らして笑っていた。


11/19/2024, 2:48:06 AM

#たくさんの想い出

 バーのカウンターで隣り合ったのは、異国風の奇妙な男だった。
 その夜の私は鬱屈した想いを抱えていて、一人苦いグラスを重ねていた。
「一杯ご馳走してくれませんか?代わりに良いものを差し上げましょう」
 男がそう話し掛けてきて、キャンディのたくさん入った小瓶を置いた。
「何です?これは」
「想い出玉ですよ、美しい想い出が味わえるんです」
「他人の想い出なんか、味わったってしょうがないでしょう」
私は鼻を鳴らした。
自分の人生に疑問を感じている今、誰かの美しい記憶など、知りたくもない。
「いやいや、人じゃありません。私は鳥の研究をしてましてね。鳥の想い出というのは中々面白くて、あなたの憂鬱に効くかもしれない」

 バカバカしいと思いながら、私は男に酒を奢ってやった。
その後のことはあまり覚えておらず、気づいたのは服のまま、自分のベッドで目覚めた時だ。
 ポケットからあの小瓶が出てきたが、どう見てもただのキャンディなので、私は口中の苦さを解消しようと、一粒つまんで舌にのせた。
 ふいに潮風が体を吹き抜け、視界一杯に眩い空と海が広がった。
私の憂いがちっぽけに思えるほど、その感覚は広く高く雄大で、新天地へと向かう自負で、胸がはち切れそうになる。
 ああこれは、海を渡るカモメの想いなのだ、と分かった。

11/15/2024, 1:57:28 AM

#秋風

 山の麓の小道に、色鮮やかな落ち葉が散らばっている。
 大きくて真っ赤な一枚を、ふと取り上げて裏を見たら、小枝で引っ掻いたような字で
“どんぐり300コおねがいします”
と書いてある。
もう一枚拾ってみると、それには
“ミナミのクニへ引っこします。春までさようなら”。
 他にも“冬みんのおしらせ”やら“しんせんな栗あります”やら、どれも手紙のようだ。
 どうやら秋風の郵便屋さんが、鞄をひっくり返してしまったらしい。


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