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11/13/2024, 11:13:10 PM

#また会いましょう

 初めて行ったスーパーの入口で、懐かしい人にバッタリ会った。
立ち話で大いに盛り上がり、またきっと会いましょうねと、名残惜しく別れた。

 ぐるっと回って買い物をし、レジに並ぶと列のすぐ前に、別れたばかりの彼女の姿が。
早すぎる再会は、何だか気まずい。

11/12/2024, 12:14:10 AM

#飛べない翼

 コウノトリが僕の弟を連れてきた。
丸々とした綺麗な赤ん坊だが、背中に翼が生えている。
「おやおや、またか…」
「メリッサは優秀な魔女だし、彼女のキャベツ畑は素晴らしいんだけど…」
そう言って、両親は苦笑する。
 どういうこと?と尋ねると、父さんは笑いながら僕の髪をかき混ぜた。
「お前の時なんて、立派な尻尾がついてたんだぞ」

 優秀な魔女のメリッサには一つだけ困ったところがあって、とにかく惚れっぽいのだそうだ。
昼も夜も恋人を想っているので、それがうっかり魔法に映ってしまう。
 僕がやって来た頃は、逞しい灰色狼の若者に恋していて、赤ん坊にはみんな三角の耳や尻尾がついていたらしい。
弟の翼は真っ白だから、メリッサの今の想い人は、さしずめ美しい白鳥の精だろう。
 赤ん坊に宿った彼女の恋心は、一日で消える。
この素敵な翼は今日だけなんだな…と、僕はまるで天使のように見える弟をそっと撫でた。

11/11/2024, 1:09:38 AM

#ススキ

 月夜のススキヶ原に、足を踏み入れてはいけない。

 背丈ほどもある、ススキの間から手招きしているのは、昔好きだった人?
いいえ、酷く傷つけた人。
 白い穂の飛沫をあげて、ススキの海を渡ってくるのは、昔夢見た自由の船?
いいえ、怖くて乗らなかった船。
 サヤサヤ響くススキの歌は、守らなかった約束。

 遠い亡霊が私を責めるから、目を伏せて耳を塞いで、息を詰めて駆け抜ける。

11/9/2024, 10:59:00 PM

#脳裏

 …あの人に似てる。ほら、昔あのドラマに出てた女優さん。
 …あれだろ。あいつが主演の、あのドラマ。
 …そうそう、あのお母さん役の人。

 最近私と夫の会話はこんな感じ。
言いたい女優さんの顔は、脳裏にはっきり浮かんでいるのに、名前が全然出てこない。
 それでもなぜか伝わる、昭和生まれの夫婦です。

11/8/2024, 10:57:40 PM

#意味がないこと

 N県の山奥、廃神社の先に不思議な池がある。
底が見えるほど澄みきっているが、生物は棲みつかず、木葉一つ落ちていない。
 まるで鏡のような静けさで、実際その池は神々の鏡なのだという。
近隣の八百万の神が日の出と共に現れ、己の姿を映して朝の身支度をするそうだ。

 「だがその鏡を、人が覗いてはいけない」
この話を聞かせてくれた友人は言った。
なぜだい?と尋ねると、
「神々の鏡には自分の姿と、この世の真理が映るのだ。その深淵に耐えられる者がいるかな」
そう答えて、彼は薄く笑った。

 その会話の全てを、私は酒の上の戯れ言だと思っていた。
ほどなくして彼が失踪し、N県の山中で無人の車が見つかるまでは。
 N県と聞いた私は、すぐさま件の話を思い出した。
もしや友人は、神の鏡を覗きに行ったのだろうか。
だとすると、どんな真理を見たのだろう。
 運転席のシートには、一言
“意味がない”と走り書きされた、メモがあったらしい。


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