#あなたとわたし
夢の女の子のお話をしようと思う。
彼女は黒い瞳に黒い髪、遠い知らない国に住んでいて、年は私と同じ、名前も同じ、リノと呼ばれている。
リノちゃんのお父さんとお母さんは一生懸命働いているけれど、暮らしは豊かにならない、なぜならその国がずっと戦争をしているから。
リノちゃんはとてもしっかりしていて、お手伝いはするし弟や妹のお世話もする。
一人っ子で甘えん坊の、私とは大違いだ。
リノちゃんの夢は、真夜中にやってくる。
悲しいことが多いので、私は見るのが怖い。
ある日、爆弾で街が焼かれた。
家も人もリノちゃんもみんなみんな、全部焼かれて灰になった。
私は泣きながら飛び起き、お母さんに抱きしめられて、朝まで慰めてもらった。
「大丈夫、全部梨乃の夢だからね。何も起こっていないからね」
そうなのだろうか、本当にただの夢で、リノちゃんはどこにもいない女の子なのだろうか。
でも私にはあの子の恐怖が、怒りが分かる。
大きな大きな悲しみも。
これは小さな子供の頃の話で、大人になった私はもう、そんな夢を見ることはない。
ただ、つい適当に生きたくなると、リノちゃんを思い出す。
戒めのように。
#柔らかい雨
窓を開けたまま、眠ってしまった。
目が覚めたら、しとしと柔らかい雨の音。
枕元のスマホに手を伸ばすと、彼からメッセージが何通も来ている。
“眠れない”“会いたい”“来て”。
仕事で悩んでいることは知っている。
ずっと励ましてきたし、会いたいと言われれば駆けつけた。
大丈夫、ムリしないで、いっそ辞めてしまおうよ、出直そう。
何を言っても、でも、だっての繰り返し。
簡単に言うなよ!とケンカになって、同じ所をぐるぐるするばかり。
私はそっとスマホの電源を切って、布団に頭まで潜り込んだ。
ごめん今日は行けない、だって雨が降ってるんだもの。
あなたのお母さんにはなれない、もう雨が降ってしまったんだもの。
#一筋の光
ショッピングモールのエレベーターで、大きなベビーカーを押した若いママと、お祖母ちゃんらしき女性が乗ってきた。
スミマセン…とひどく恐縮されながら、私たち乗客は隅の方へ体を避ける。
思わず眺めたベビーカーの中には、お揃いの服を着た赤ちゃんが二人、ぐっすり眠っている。
わあ、双子ちゃんだ…という、みんなの微笑と眼差しが、暖かな光のように、赤ちゃんたちを照らす。
#哀愁を誘う
夏の終わりに、リビングのエアコンを新調した。
去年からエアコンの調子が悪かったのだが、だましだまし使っていて、残暑に耐えかね、ついに買い替えたのだった。
買い替えを躊躇っていたのは、高額なのもあるけれど
「もうダメだな」「買い替えよう」
と家族で話すたびに、古いエアコンが急に音を立てて風を強め
「まだまだ働ける!」「捨てないで~」
と必死になっているようで、何だか哀愁を誘われたからだ。
思えばこの家に来てから、長い間頑張ってくれた古いエアコン。
しかし新しいエアコンをお迎えし、キリッと冷えた空気に触れたとたん、汗だくで過ごした夏を激しく後悔した。
#鏡の中の自分
吸血鬼は鏡に映らないらしいが、この世の存在ではないからだろうか。
なぜそんなことを考えているかと言うと、帰宅して手を洗おうとしたら、洗面台の鏡に自分が映っていなかったからだ。
思わず目をこすったら、まだ洗ってもいないのに手が濡れている。
見れば両手が真っ赤だ。
そう言えば駅からの帰り道、後ろで車の音がして、ふいにドン!と激しい衝撃を感じた。
それきり何も起こらなかったので、まっすぐ帰って来たのだが、鏡に映らないということは、どうやら私は…。