NoName

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#意味がないこと

 N県の山奥、廃神社の先に不思議な池がある。
底が見えるほど澄みきっているが、生物は棲みつかず、木葉一つ落ちていない。
 まるで鏡のような静けさで、実際その池は神々の鏡なのだという。
近隣の八百万の神が日の出と共に現れ、己の姿を映して朝の身支度をするそうだ。

 「だがその鏡を、人が覗いてはいけない」
この話を聞かせてくれた友人は言った。
なぜだい?と尋ねると、
「神々の鏡には自分の姿と、この世の真理が映るのだ。その深淵に耐えられる者がいるかな」
そう答えて、彼は薄く笑った。

 その会話の全てを、私は酒の上の戯れ言だと思っていた。
ほどなくして彼が失踪し、N県の山中で無人の車が見つかるまでは。
 N県と聞いた私は、すぐさま件の話を思い出した。
もしや友人は、神の鏡を覗きに行ったのだろうか。
だとすると、どんな真理を見たのだろう。
 運転席のシートには、一言
“意味がない”と走り書きされた、メモがあったらしい。


11/8/2024, 10:57:40 PM