#たくさんの想い出
バーのカウンターで隣り合ったのは、異国風の奇妙な男だった。
その夜の私は鬱屈した想いを抱えていて、一人苦いグラスを重ねていた。
「一杯ご馳走してくれませんか?代わりに良いものを差し上げましょう」
男がそう話し掛けてきて、キャンディのたくさん入った小瓶を置いた。
「何です?これは」
「想い出玉ですよ、美しい想い出が味わえるんです」
「他人の想い出なんか、味わったってしょうがないでしょう」
私は鼻を鳴らした。
自分の人生に疑問を感じている今、誰かの美しい記憶など、知りたくもない。
「いやいや、人じゃありません。私は鳥の研究をしてましてね。鳥の想い出というのは中々面白くて、あなたの憂鬱に効くかもしれない」
バカバカしいと思いながら、私は男に酒を奢ってやった。
その後のことはあまり覚えておらず、気づいたのは服のまま、自分のベッドで目覚めた時だ。
ポケットからあの小瓶が出てきたが、どう見てもただのキャンディなので、私は口中の苦さを解消しようと、一粒つまんで舌にのせた。
ふいに潮風が体を吹き抜け、視界一杯に眩い空と海が広がった。
私の憂いがちっぽけに思えるほど、その感覚は広く高く雄大で、新天地へと向かう自負で、胸がはち切れそうになる。
ああこれは、海を渡るカモメの想いなのだ、と分かった。
11/19/2024, 2:48:06 AM