NoName

Open App
9/15/2024, 2:55:40 PM

#君からのLINE

 お祖母ちゃんがLINEを練習中だ。
何しろ高齢なので、毎晩家族のグループLINEに暗号のような文章が届く。
 『夜になるとさむくなり、るね。?』
とかは上出来な方で
 『わたし 肩 旦那さん まえのままと?かな』
など、全く意味不明の時もある。
 でも本人は一生懸命だから、家族みんな気づくとすぐに返信するようにしている。
頑張ってるね、とか応援のスタンプとか。
 ところが今夜こんなLINEが届いた。
 『何故 私は何時も寂しいですか~分からないので苦いです』
 あれれ…どうしたの、お祖母ちゃん。
心配になって、返事に悩む。
何て書こうか、それとも電話した方が良い?
 既読マークが次々付くけれど、家族の誰も返信しない。
みんなの困った焦り顔が目に浮かぶ。 
 とりあえず電話をかけてみたら、話し中だったのでホッとした。

9/15/2024, 12:43:24 AM

#命が燃え尽きるまで

 夜中にアレが出た。
(苦手な方は読まないでね)
びっくりするくらい大きくて真っ黒で、つやつやしたのが壁にいる。
 大嫌いでずっと気をつけて対策しているのに、どこからやって来たの。
 半泣きで闘ったが、殺虫スプレーが弱くていつまでも仕留められない。
アレは部屋中逃げて暴れ、やったと思ってもまだ動く。
 ごめんねごめんね…とスプレーを吹き付けながら、やっと終わった時にはへとへとになってしまった。
 命の炎はすごい。
あんな小さい虫でも最後の最後まで抗って中々消えないのに、まして人間ならそんなに楽に死ねるわけないわ…としみじみ思った。


9/13/2024, 1:26:55 AM

#本気の恋

 帰り道、近所を車で通りすぎると、ジョギング中の夫を見かけた。
窓越しに手を振ったら、夫も気づいて笑顔を見せた。
 あれっ?と思ってドキリとする。
大昔の若い頃の顔に見えたのだ。
 もうどこにもいなくなったと思っていたのに、ほんの時たま夫の中に、本気で恋したあの彼がちらっと覗く。
 ほんの時たま、ね。

9/8/2024, 4:26:30 AM

#踊るように

 銀髪の青年が籠いっぱいの花を、道行く人に配っていた。
 どうぞ!と目の前に差し出されたのは、真っ赤なケイトウの小さな花束。
添えられたカードに「autumn field」の文字と簡単な地図が記されていて、新しいお花屋さん?それともカフェ?と首をひねった。

 翌日から急に涼しくなり、週末に地図の場所を訪ねてみると、住宅地が途切れた先にススキの海が踊っていた。
 そういえばあの青年の銀髪は、ススキの穂だったような…。

9/6/2024, 1:29:21 PM

#時を告げる

 オルゴールのねじを巻くと、音楽にあわせて旅人の人形が歩き出す。
丸い輪の一本道を、コトコトと一心に。
 道のわきには赤い屋根のおもちゃの家があるが、人形は目もくれず真っ直ぐ前を向いて歩いている。

 遠い昔、旅人が若い魔女にこう言ったのだ。
 貴女のことは大好きだ、でも旅は僕の人生なんだ。
…じゃあ永遠に彷徨っていなさいよ!と魔女は泣き、涙は思いがけない呪いとなって、彼の世界をオルゴールに変えた。

 旅人は今も旅している。
赤い屋根の家をちょっとでも見てくれたら、魔法がとけるのにな…と思いながら、魔女は切なく頬杖をつく。
 オルゴールの錆びた音色は、百年の時の流れを告げている。

Next