#君からのLINE
お祖母ちゃんがLINEを練習中だ。
何しろ高齢なので、毎晩家族のグループLINEに暗号のような文章が届く。
『夜になるとさむくなり、るね。?』
とかは上出来な方で
『わたし 肩 旦那さん まえのままと?かな』
など、全く意味不明の時もある。
でも本人は一生懸命だから、家族みんな気づくとすぐに返信するようにしている。
頑張ってるね、とか応援のスタンプとか。
ところが今夜こんなLINEが届いた。
『何故 私は何時も寂しいですか~分からないので苦いです』
あれれ…どうしたの、お祖母ちゃん。
心配になって、返事に悩む。
何て書こうか、それとも電話した方が良い?
既読マークが次々付くけれど、家族の誰も返信しない。
みんなの困った焦り顔が目に浮かぶ。
とりあえず電話をかけてみたら、話し中だったのでホッとした。
#命が燃え尽きるまで
夜中にアレが出た。
(苦手な方は読まないでね)
びっくりするくらい大きくて真っ黒で、つやつやしたのが壁にいる。
大嫌いでずっと気をつけて対策しているのに、どこからやって来たの。
半泣きで闘ったが、殺虫スプレーが弱くていつまでも仕留められない。
アレは部屋中逃げて暴れ、やったと思ってもまだ動く。
ごめんねごめんね…とスプレーを吹き付けながら、やっと終わった時にはへとへとになってしまった。
命の炎はすごい。
あんな小さい虫でも最後の最後まで抗って中々消えないのに、まして人間ならそんなに楽に死ねるわけないわ…としみじみ思った。
#本気の恋
帰り道、近所を車で通りすぎると、ジョギング中の夫を見かけた。
窓越しに手を振ったら、夫も気づいて笑顔を見せた。
あれっ?と思ってドキリとする。
大昔の若い頃の顔に見えたのだ。
もうどこにもいなくなったと思っていたのに、ほんの時たま夫の中に、本気で恋したあの彼がちらっと覗く。
ほんの時たま、ね。
#踊るように
銀髪の青年が籠いっぱいの花を、道行く人に配っていた。
どうぞ!と目の前に差し出されたのは、真っ赤なケイトウの小さな花束。
添えられたカードに「autumn field」の文字と簡単な地図が記されていて、新しいお花屋さん?それともカフェ?と首をひねった。
翌日から急に涼しくなり、週末に地図の場所を訪ねてみると、住宅地が途切れた先にススキの海が踊っていた。
そういえばあの青年の銀髪は、ススキの穂だったような…。
#時を告げる
オルゴールのねじを巻くと、音楽にあわせて旅人の人形が歩き出す。
丸い輪の一本道を、コトコトと一心に。
道のわきには赤い屋根のおもちゃの家があるが、人形は目もくれず真っ直ぐ前を向いて歩いている。
遠い昔、旅人が若い魔女にこう言ったのだ。
貴女のことは大好きだ、でも旅は僕の人生なんだ。
…じゃあ永遠に彷徨っていなさいよ!と魔女は泣き、涙は思いがけない呪いとなって、彼の世界をオルゴールに変えた。
旅人は今も旅している。
赤い屋根の家をちょっとでも見てくれたら、魔法がとけるのにな…と思いながら、魔女は切なく頬杖をつく。
オルゴールの錆びた音色は、百年の時の流れを告げている。