#命が燃え尽きるまで
夜中にアレが出た。
(苦手な方は読まないでね)
びっくりするくらい大きくて真っ黒で、つやつやしたのが壁にいる。
大嫌いでずっと気をつけて対策しているのに、どこからやって来たの。
半泣きで闘ったが、殺虫スプレーが弱くていつまでも仕留められない。
アレは部屋中逃げて暴れ、やったと思ってもまだ動く。
ごめんねごめんね…とスプレーを吹き付けながら、やっと終わった時にはへとへとになってしまった。
命の炎はすごい。
あんな小さい虫でも最後の最後まで抗って中々消えないのに、まして人間ならそんなに楽に死ねるわけないわ…としみじみ思った。
#本気の恋
帰り道、近所を車で通りすぎると、ジョギング中の夫を見かけた。
窓越しに手を振ったら、夫も気づいて笑顔を見せた。
あれっ?と思ってドキリとする。
大昔の若い頃の顔に見えたのだ。
もうどこにもいなくなったと思っていたのに、ほんの時たま夫の中に、本気で恋したあの彼がちらっと覗く。
ほんの時たま、ね。
#踊るように
銀髪の青年が籠いっぱいの花を、道行く人に配っていた。
どうぞ!と目の前に差し出されたのは、真っ赤なケイトウの小さな花束。
添えられたカードに「autumn field」の文字と簡単な地図が記されていて、新しいお花屋さん?それともカフェ?と首をひねった。
翌日から急に涼しくなり、週末に地図の場所を訪ねてみると、住宅地が途切れた先にススキの海が踊っていた。
そういえばあの青年の銀髪は、ススキの穂だったような…。
#時を告げる
オルゴールのねじを巻くと、音楽にあわせて旅人の人形が歩き出す。
丸い輪の一本道を、コトコトと一心に。
道のわきには赤い屋根のおもちゃの家があるが、人形は目もくれず真っ直ぐ前を向いて歩いている。
遠い昔、旅人が若い魔女にこう言ったのだ。
貴女のことは大好きだ、でも旅は僕の人生なんだ。
…じゃあ永遠に彷徨っていなさいよ!と魔女は泣き、涙は思いがけない呪いとなって、彼の世界をオルゴールに変えた。
旅人は今も旅している。
赤い屋根の家をちょっとでも見てくれたら、魔法がとけるのにな…と思いながら、魔女は切なく頬杖をつく。
オルゴールの錆びた音色は、百年の時の流れを告げている。
#貝殻
夕暮れの砂浜で、夏の落とし物を拾って歩く人がいる。
空きカンやペットボトルのゴミの他に、鈍く光る不思議な殻。
これは何ですか?と聞くと、ああこれはね…
ピンクのは恋殻
虹色のは夢殻
角のあるのは青殻
すべすべ丸いのは涙殻
「夏が終わるから、みんな諦めて捨てちゃったんだね」
「でもまだこんなに綺麗なのに」
「だから、磨いてまた空に返すんだよ」
リサイクルさ…とその人は笑う。
そうか、これはもともと星だったのだな。