「遠い日の記憶」
この島には鷹がやってくるんだ、とあなたは言った。明るい天気の午後、美しい霧雨が降る中を鷹が来るんだ、と。鷹ははるか遠い山々からの天の使いだ。雨と、死者の魂を連れてくる。それに乗って帰ってくるからね。そう言ったあなたを、僕は今も待っている。明るい午後のたびに、庭に出て空を眺めながら。
鷹が島にやってくるのを見たことは、まだ一度もない。見たこともない鷹と、久しぶりのあなたとの再会とを待つ暮らしは、僕にとっては悪くないものだった。開けられていないプレゼントの箱を抱えたまま日々を過ごすのは楽しいことだ。たとえその箱を開けることが生涯なかったとしたって。
美しい朝焼けも、青空も、心を洗うような雨も、私が見ていない時だって存在してるのに。家に閉じこもって空も見ないでいると、無駄遣いしてるような気持ちになる。人生の無駄遣い。空の無駄遣い。外へ行こうと思えばいつだって行けるのに、私の気持ち1つなのに、どうしてかこの部屋に縛り付けられている。
終わりにしよう。
もうこれきりにしよう。私には才能がないんだ。これ以上やったところでどうにもならない。最初からわかってた事じゃないか。夢を見るだけ馬鹿だった。そんなふうに何度も何度も思い知るのに、結局また戻ってきてしまう。夢を見るのは苦しいのに、こんな事をしても無駄だって分かってるのに。いつか、もしかしたら報われるんじゃないかとか、そんな風に思ってるわけじゃない。これは最後の最後まで叶わない。分かってるのにやめられないのは、諦め方も終わらせ方も、私にはわからないからだ。
「目にしているのは」
「目にする」「口にする」「手にする」「耳にする」は言うのに「鼻にする」とは言わないよね。なんでだろう。
「優越感、劣等感」
「初めまして」
「初めまして。ちょっと緊張してるんだけど、よろしくね。異星人との交流会は初めてなんだ」
「私もはじめてだよ。よろしく。地球のユリです」
「ヘシカシのフーです。ユリと話せて嬉しい。地球のことは勉強してきたけど、もしも何か失礼なこと言ったらごめんね」
「ううん。こっちも」
「良かったら、最初に言われたくないことを教えてくれない?これからも地球の人とは交流したいし、知っておきたいんだ。何に触れたら失礼になるの?」
「え?そうだな。よっぽどな事言わなければ大丈夫だと思うけど。その人のコンプレックスみたいな…例えば太ってる、とか」
「太い?胴回りの直径が大きいってこと?」
「胴回りに限らず、横に大きいってこと」
「横に大きいと良くないの?」
「まあ、一般的には」
「縦は?」
「縦は大きい方がいいかも」
「へえ。なんでだろう」
「あとは、目が小さいね、とか」
「顔の前面についてるソレだね。まあ、目は光センサーだもんね。大きいほうが機能が優れてるのかな」
「そういうわけでもないよ。単純に見た目の問題。あとはそうだな、ニキビあるとか」
「ニキビって?」
「これ」
「体の表面の突起については言わないほうがいいんだね」
「うん」
「ちなみに、こっちの突起は?」
「それは鼻だから、高い方が良いんだ。だから、低いねとか言わなければ大丈夫」
「こっちの突起はあったが良いの?人間って複雑で難しいなあ。突起なんかあってもなくても、胴回りのサイズが多少違っても、変わらず素敵だと思うけど」
「ありがとう。それで、そっちは?何か言われたくないことある?」
「あんまりないけど…ああでも、表面のヌメリが足りないって言われるのは嫌かな」
「ヌメリ」
「うん」
「ヌメってた方がいいの?」
「そりゃあ、乾いてるよりはね。私はそこまで気にするタイプじゃないけど」
「へー」
「あとは、腕のシワの入り方が偏ってるとか」
「シワ?」
「私達は腕が六本あるでしょ。これ全部に均一にシワが入ってるのが綺麗なんだ。けど、大体下二本はあんまりシワが出来ないんだよね」
「そうなんだ」
「人によってはシワを作るためのシールを貼ったりしてるよ」
「アイプチみたいなもんか…」
「あとはまあ、よっぽど酷いこと言わなければ大丈夫。エラが小さいとか、触覚が大きいとかさ」
「…エラや触覚のサイズがどうでも、素敵だと思うけど。そっちも十分複雑で難しいよ」