びーえるかな。
酔い潰れて乗せられたタクシー。
「住所教えろ」
行き先を誰ともなく伝える。
「それでは運転手さんお願いします」
静かにそう言って車内から消えていくその手を取って引き寄せた。
「送ってって」
甘えた声で目の前の男の目を見つめると一瞬驚いたような表情を見せた後黙って隣りに収まったようだった。
それがなんだかおかしくてバレないようにこっそり口の端だけで笑った。
「教えた住所がラブホて、お前ふざけてんのか」
肩に腕を抱えられて運ばれた俺はそのまま乱雑にベッドの上に投げられた。
そのままドアの方へ向かう背中を呼び止めて。
「ねぇ」
律儀に振り返るその嫌そうな顔に笑いかける。
「しよ」
「何をだよ」
「せっくす」
さらに一層嫌な顔をされた。
「俺と寝よう」
ベッドの上から誘うように彼を見上げる。
「ひとりで勝手に寝てろ」
冷たく言い放たれて出て行かれてしまった。
「ざーんねーん」
結構本気だったのに。
誰もいない部屋でひとりポツリと呟く。
飲み過ぎて頭が痛い。
ぐらぐらと揺れる世界に目を閉じた。
次の日会社で彼を見かけて足早に近づく。
「昨日はどーも」
前を行くその肩に手を掛けて話し掛ける。
少し揺らぐ肩。
だけどぶれない口調。
「酒はほどほどにしとけ」
「はいはーい」
「手をどけろ。歩きにくい」
そんなに本気で嫌そうに言わなくてもいいじゃない。
その肩に乗せた手に力を込めて引き寄せて耳元で囁く。
「ねぇねぇ…昨日の、」
「酔って覚えてないとか俺はないけど?」
背中をこちらに向けたままの彼はゆっくり振り返って静かに俺を見つめてくる。
ねぇ…君はいま何を考えてるの?
(君は今)
「あぁ…つまんねぇな」
薄暗い雲が低く覆い被さり今にも雨が降りそうな空を見上げ呟く。
「本当につまらねぇ」
重ねて言ったその言葉は消えてどこかに行った。
自分から手放したものなのにとみにあの憎らしい顔がちらつく。
もうこの恋情に、叶わぬ相手へのこの心に、振り回されるのは御免だと線を引いたつもりだった。
振り切ってあいつとの関係を最期まで終わらせても平気だと何回も言い聞かせた。
実際その顔を見ても恨みつらみしか出て来なくてたくさん傷付けてそれでこの心をお終いに出来るとそう、思ってた。
あいつとはこれまでたくさんの仕事をこなして来た。
あいつからの無理難題なんていつもの事で意見を交わしちゃあ喧嘩なんてこともよくある事だった。
それでもあいつは「お前はおれのよき相棒だ。お前の絵に惚れてる。お前さんが一番だ」とまるで睦言のようにおれに囁きかけおれを翻弄した。
その関係は正直心地よかった。
側に居られればそれでよかった。それでよかったはずだったんだ。
でも実際は蔑ろにされたり軽んじらたりする度に心に幕が降りて来て隣りに居るのがしんどくて。
しんどくて。
そして逃げ出した。
あいつが必要としてたのは絵師のおれで、生身のおれではない。
その事実がただ悔しかった。
悲しかった。
どんなに恋焦がれても無駄なのだな、そう実感した。
それからはもう何もなかった。
どうでもよかった。
叶わぬのなら捨ててしまえと。
もういいのだと。
笑いが込み上げてくる。
どうしてもどうしても。
「物たりねぇんだよ」
あいつの無理難題が恋しい。
絵について語り合いたい。
熱く同じ夢に向かって…。
なんて、もう何を思っても同じなのにな。
会いてぇよ。
口に出したらお終いなその台詞を。
「死んでも言ってやるもんか」
自嘲気味に笑う自分に嫌気がさした。
窓の外にはぽつりぽつりと重たい空から雨が落ちて来ていた。
会いてぇよ。
📖(物憂げな空)
もうこの世界なんてどうでもよくて。
この命だっていらないって思ってたけど。
あんたに出会って恋をして少しこの人生が楽しくなって。
笑顔が見たくて会いたくて会いたくて一緒に居たくて。
もう少し頑張ってみようかなって思ったんだ。
(小さな命)
昼休み。
ぽかぽか陽気に誘われて、友だちとふたりで会社のベンチに陣取り凝り固まった手足を存分に伸ばす。
「あーこうやって一日中日向ぼっこして過ごしたーい」
「わかるー」
「ここからもう動きたくないよー」
降りそそぐ日差しがじんわり身体に心地いい。
目を瞑り天を仰ぐ。
「でもきっと何もしなくてよくて一生ぼーっとして過ごしたらそれはそれで退屈だとか言い出しそうあたし」
「社畜的発言してる」
「不自由の中でしかそのありがたみが分からないなんて人間て悲しくて傲慢な生き物ね」
ふっと真面目な顔をして隣りの友だちの顔を見つめる。
「なになにどした?突然哲学的な…?」
「意味はない」
ふたり顔を合わせて笑い合う。
今日も平和だー。
「またサボってるんですか」
そこに突然後ろから声が飛んできた。
声がする方にふたりして振り返る。
お昼ごはんをどこかで買って来たのか小さなビニール袋を手に下げた後輩くんが紙パックのカフェオレなんて飲みながらこちらに向かってくる。
「営業部のエースさんは太陽みたいな素敵な笑顔で何不自由なく生きてそうね」
「先輩こそ見てる限りじゃ悩みなく生きてそうですけどね」
「嫌味なやつ」
「お互いさまです」
「あんた達相変わらずだねー」
横に居る友だちがあたしと後輩の顔を交互に見て笑う。
お互いに笑いながらいつもの軽い悪口を交えた挨拶を交わしてるとまた遠くから声が掛かった。
「あー先輩方コイツ俺のなんで手ぇ出さないでくださいよー」
「出た出た。あんたの彼氏来たよ」
「彼氏じゃないっス」
そう言いながら飲んでる途中のカフェオレを隣りに追い付いたもう一人の後輩くんの口に向けて差し出す。
当たり前のように受け取った彼はそれを飲みながら隣りの手に下げられた袋の中身を物色し出した。
「君らも今日は外なの?」
「あー天気いいんでこいつが外で食べようって」
親指を立てて横にいる彼を指し示す。
袋をがさごそ漁っていた後輩くんは視線を一度うちらに向けてそして花が咲いたようににっこりと笑った。
「こんなに天気がいいのに外で食べないの勿体無いっすよ」
そして隣りの後輩くんを促すようにちらりと視線を送った。
それを受けて彼はくしゃりと隣りの彼の髪を軽く撫でて
「じゃあ先輩方俺らお腹ぺこぺこなんでこの辺でー」
憎らしいぐらいの満面の笑顔で片手をあげて軽く挨拶してふたり連れ添って去って行った。
「何なのあいつら」
「笑顔が眩しいわー」
さっきから蔑ろになっていたお弁当をふたりしてつつく。
「やばいやばい。うちらおばさんみたいな発言になってる」
「もう若さが眩しくて目に染みる」
けらけらと隣りで笑う声が気持ちいい。
まるでお日さまの陽だまりのよう。
そんな声を聞きながらここに根が生えたらどうしようとかどうでもいい事を考える。
ひとりでにやにやしてると横から声が掛かった。
「ひとりで笑ってどしたー?」
「気持ちよすぎて根が生えそうよ」
「何だよそれ。生えちゃえ生えちゃえ!!」
「このまま午後の仕事ブッチしようかー」
なんて実行しない事を口に出して笑い合う。
ココロも身体も充電チャージして。
さてさて、今日もがんばろう。
「こんなにぽかぽか陽気だとお昼から絶対眠いよねー」
「だねだねー」
暖かな日差しを浴びながらもう一度思いっきり身体を伸ばした。
(太陽のような)
「ねぇ。なんで怒ってるの?教えてよ」
平謝りしてくるあいつの顔を睨みつけてやる。
「おれ何かした?」
「…覚えてないんだろ」
「だからそれはごめんて。おれお前に何したの?」
「自分の胸に聞いてみろ」
「一緒に帰ったところまでは覚えてるんだよなー」
白々しく頭をぽりぽりかきながら空を見上げてポツリと呟く。
毎回毎回こいつはこうだ。
飲み会後は必ず記憶を失くす。
酒に飲まれる男なんてサイテーだ。
「ねぇ」
ずしりと肩に重みを感じた。
「怒んないでよー。謝るから教えて」
甘ったるい声を出しても教えるもんか。
無視してると懲りずにずっと絡みついてくる。
「じゃあさ、最初からやり直そー。一緒に帰ったところから!それならきっと思い出すよ」
「無理」
「なんでだよ!絶対思い出してみせるよ!!」
思い出したところでどうするって言うんだ。
お前がオレにキスしたなんて。
やり直したってまたどうせ忘れるそんなもの。
(0からの)