最初から決まってた
「あんまり好きじゃないんだよねー、その言葉」
「だろうな」
さすがは弟。すぐに察してくれたか。そう、好きじゃないです。「神のみぞ知る」よりは嫌いかも。
「書くことがダブりそうだけどさ。『最初から全部決まってるなら』、あたし間もなく死ぬじゃん」
「いきなり死を持ってくんなや。極論すぎだぞ」
「というか、メタをちゃっかり言わないで」
後輩からもダメ出しされたが、本心を言ったまでだ。
その言葉は、最初からなにもかも諦めてしまうようなニュアンスを感じるから、極力言わないようにしてるし、考えないようにもしている。
いままでいろんな占いで「大人になるまで生きられない」という最高に不名誉な託宣を授かっている私としては、決められたら困るんだよ。まだまだやりたいことも見たいこともいっぱいあるのに、なんで死ななきゃいけないの? 神様に愛されただけで? 愛してるなら見守ってくれやむしろ。そんなんだから、なにがなんでも運命とやらに抗いたいと常日頃思っている私である。
おかげさまで、最近は「殺しても死ななそう」って言われるようになった。嬉しいような悲しいような。
「別に悪いことばかりじゃないじゃん」
と異論を上げたのは、後輩だ。私と弟を見上げる綺麗な翠色の目は、どこまでも純粋である。子どものような純真さを無くさなかった彼が、ちょっと羨ましい。
そんな彼は、どんな反対な意見を紡ぐんだろう?
「本当に最初から全部決まってるのかどうかはどうでもいいけどさ。オレたちの出会いって、悪いこと?」
まさか、後輩からこんな言葉が出てくるなんて夢にも思わなかった! 私に訊いた瞬間に恥ずかしくなったのか、耳まで真っ赤になっちゃったけど。
「……もう二度と言わない」
「ちゃーんとばっちり聞いてたからもう1回言えとか言わないよ〜」
彼の言うとおりじゃん。神様が決めたとおりにいままでのことが起きてるんだとしたら、悪いことばかりじゃない。ちゃんといいこともあった。
そういえば、どこかで聞いたな。−−たとえ辛くても、神は乗り越えられるものしか与えないんだって。
じゃあ、私の短命予言も、覆せるってこと? 俄然ヤル気が湧いてきた。ポジティブに捉え直させてくれた彼には感謝しなきゃ。
「俺の姉になるのも最初から決まってたってことだろ。よかったな」
「よくない」
「なんでだよ」
「そういうところだよ」
(いつもの3人シリーズ)
太陽
うちの双子の弟は、世にいう晴れ男だ。だいたい彼の楽しみにしている日は、雷が轟く土砂降りの雨が前日までざあざあと降ろうが、家が壊れるんじゃないかと不安になるような嵐が来ようが、絶対に晴れる。
一方で奴の双子の姉の私。実は雨女だ。楽しみにしている日は、必ずと言っていいほど雨が降る。
「そこまで双子で対照的にならなくてもよくない?」
と、後輩からは呆れられたけど、別に私たちだって好きでこうなったわけじゃない。
「ふたりともが楽しみにしてる日はどうなるの?」
「最初は雨が降って、途中から晴れる」
「えぇ……。両者一歩も譲らずって感じ?」
「譲らないっていうか、雨で穢れだなんだを祓い清めた後で、仕上げにお天道様が照らしてくれてるだけだよ。知らんけど」
「そんな解釈でいいの?」
「いいでしょ。誰かに迷惑かけてるわけじゃないし」
さしずめ私が祓い清めて、弟が乾かし育む。こんな感じでいいんじゃないだろうか。
ひょっとして、対照的に喧嘩し合ってるわけじゃなくて、ある意味運命共同体……そこまでいかなくても助け合えよってことかもね。
(いつもの3人シリーズ)
これまでずっと
「……おいしい」
「お、ようやくこのうまさに気づけたか」
「かもしれない」
「おい。天邪鬼かっ! うまいならうまいって言え!」
苦手ないし嫌いな食べ物って、少なからずひとつはあるんじゃないかと思う。
でも、意外とさ、食わず嫌いとか、初めて口にしたものがたまたまおいしくなかったせいだったりするのかな、って知見が広がってきた。
現に、私、あれほど毛嫌いしていたホルモンを初めて「おいしい」と感じている。こんなにおいしかったのか……?! いままで食べていたのはなんだったんだ。
「下処理とか焼きが甘かった奴に当たったんだろ。こだわってるとこはちゃーんとこだわってるからな」
たしかに、苦くて無理だと思っていたコーヒーも、かなりこだわりを持っている店長の喫茶店のは、不思議とお砂糖なしでも飲めちゃったりするもんね。
最初の一口がおいしくなかったから、なんていう先入観に囚われ続けるのは損しているのかもしれない。
これを信じるか信じないかは、一歩踏み出すか留まるかはあなた次第って奴。
私がいま「かもしれない」って付け足したのは、連れてきてくれた目の前の相手がずーっといじってくるからだ。めんどくさい。初めての「おいしい」を堪能させろって話だ。
(大人になってから克服できるものもあるよねって話)
「1件のLINE」
「LINE返しといたぞ」
「勝手になにしてくれてんのやめて。っていうか誰からのLINE?」
「知らね」
「おいこら」
私の弟、悪い奴ではないんだけど、めんどくさい。自由人の称号を欲しいがままにする彼について、自由すぎて扱いづらいと影で愚痴をこぼされたこともある。最近はかまちょのほうがしっくり来るんじゃないかと思い始めてきた。
そういえば、私のスマホの待ち受けも、話題に上ったLINEのアイコンも、私のものなのに写真は全部弟にされたんだよね。アイコンは特に、「紛らわしいからやめて」って共通の友人に言われたんだが、私に言われても困るんだよ。操作方法が全然わからないんだから。パスワードをかけろ? どうやって??
LINEを開いてみる。トークルーム一覧のトップにいたのは……誰だこれ?
「LINEって文字化けするの?」
「コピペとかすりゃ誰だって真似できるだろ」
コピペがなんなのかわからなかったが、不可能ではないらしい。文字化けしちゃった名前に、見覚えのないアイコン。誰だこの人。全然検討もつかない。
トーク画面を開いてみても、向こうから送られてきたメッセージまで文字化けされている始末だ。
なんだこれ? 気味が悪い。
相手の正体は心当たりがないけれど、思い当たる節はある。十中八九、怪奇現象って奴。私の体質的にありえる、というかよくあることなのだ。いままでは不気味なメールを送ってくるだけだったのに、とうとうLINEに順応したのか。要らない努力を積み重ねてきやがって。いままでのと同じ怪異かは知らんけど。
『ポマード』
弟が私の代わりに返したのは、たったそのひとこと。
口裂け女かよ。しかも、これ送ったの10分前じゃん。既読スルーされてるんだが、効いたってこと?
もういいや。新しいメッセージが着たら丸投げしよう。
そう思っていたのに、とうとうトーク画面が更新されることはなかった。
なんだよ、本当にポマード効いてんのかよ。
で、誰か、このトーク画面を消す方法知らない?
(いつもの3人シリーズ)
「目が覚めると」
いままで現実だと思っていたものが全部嘘でした
いわゆる夢オチを期待してしまうほどには、現実にほとほと疲れ果てていた。失望してしまっていた。
どんな現実だったらよかった?
たとえばこんな感じ。朝、目が覚めたら故郷に戻っていて、家族が「おはよう」って挨拶してくれる。当たり前のようにご飯を食べて、学校へ行って勉強して、友達と笑いながら帰ってきて、家族と一緒にまたご飯を食べて、お風呂に入って、おやすみなさい。この平凡な繰り返しでいいんだ。なんてつまらなくて素敵なんだろう。……そうあってほしかったんだ。
幼い頃に、たった一晩で家族を亡くした。そこから縁があって海を渡って、いろいろあって下宿を選んだ。そこのオーナーと先の下宿者は一癖も二癖もあったけれど、なんだかんだで彼らと一緒に過ごす非日常的日常は楽しかった。これが、これからもずーっと続いていくんだと信じていた。
でも、やっと気づいたよ。当たり前ってない。当たり前と思っていたものほど長くは続かないし、呆気なく崩れてしまうって。
楽しい非日常の日々すら瞬く間に消えてしまった。家族のように思っていた彼らは、ある日、私になにも告げずに突然いなくなったんだ。せめて、ひと言ぐらいあってもよかったのに。言わないほうが「らしい」けれど、でも、心の準備ぐらいさせてほしかった。
十数年しか生きていないのに、二度目の喪失感、孤独。絶望。辛くて辛くてしょうがない。だから、「夢であってほしい」って現実逃避ぐらいさせてくれよ。誰か、いっそ私に「いままでのは悪い夢だったんだよ」って言ってよ。
でもね、いままでのことを全部否定してしまったら、それこそ彼らに対する裏切りになるでしょう?
彼らとの出会いや思い出までをも否定したくない。嘘だと思いたくない。いまの私を作ってくれた彼らの思いを、記憶を、本当の意味で失うわけにはいかないから。
いくら涙が込み上げようとも、辛くて苦しい日々が続こうとも、昨日と地続きの今日を生きるしかない。
それが、彼らの軌跡になると信じて。
目が覚めたら、自分にこれを言い聞かせて、歯を食いしばって起きるんだ。
おはよう、現実。今日も生き抜いてやる。