秋風
秋風が吹く、という表現はよくないことを表す。男女の関係にヒビが入りそうな状態を「A男とB子の間に、秋風が吹き始めた」と言うのだ。
夏が終わりかけて、涼しい風が吹いてくると嬉しくなるのに、こんな風に使われているのは辛い。まして、最近は夏が突然終わって、冬が突然始まる、四季じゃなくて二季になっているから、秋風はありがたいはずなのに。秋風さんもさぞかし不本意なことだろう。
珍しく秋風が吹いて、半袖もコートも要らない快適な日、交差点で見かけた男女が、まさしくそんな感じだった。
「ねぇ、〇〇デパートに行こうよ」
「なんでだよ、人が多いと頭痛くなるんだよ」
「じゃ、少し早いけどご飯食べに行く?」
「オレ、腹減ってねぇし」
「なんか、A男変わったよね」
「なに言ってんだかわかんねぇ」
こりゃ、次のデートは無いな。と思った。
男女の間柄は、分からないけどね。
さて、秋風が吹いたら終わりに近いが、いい感じのときに「春風が吹く」とは言わないな。もちろん、夏風も冬風もつかわない。北風が身に染みる冬風の方が、終わりかけの男女にふさわしいと思うが、「飽きが来る」の「あき」と「秋風」の「あき」を掛けているらしいから、そういうことなんだろうな。
また会いましょう
「また会いましょう」って、なんて素敵で、なんて儚い言葉なんだろう。今度とお化けは出たことがないと言う人が居るが、まさにソレ!未来に期待を持たせつつ、その先は曖昧にする便利な言葉だな。
本当に会いたかったら、来週は?とか、来月は?とか◯日はどう?などと、具体的な日を提示するはずだ。こちらから「では何時にしましょうか?」なんて野暮なことを聞いたら、ふふと笑われて回答は得られない。
オレは何度それでガッカリしたことか!
「また会いましょう」なんて言葉は嫌いだ。普通にバイバイって言ってくれ!
スリル
高校生のとき、友人と本屋さんに行った。私は歌本付きの「平凡」だったか「明星」だったかを買って、彼女は何も買わずに出てきた。
本屋を出て数歩で、ここで待っててと、彼女が走って再びお店に入って行った。何か買うものを思い出したのかなと思い、私は素直にそこで待っていた。
程なくして本屋さんから出てきた彼女だが、一緒に歩いてだいぶ経った頃、制服のベストの下から本を取り出して、
「これ持ってきちゃった」
万引き???
私は内心ものすごく驚いたが、その頃リスペクトしていた相手なので、返して来いとも言えず、軽蔑することも出来ず、え?あぁ、そう、などと曖昧な返事をして、何ごとも無かったように歩き出した。
頭も容姿も良く、良い大学を目指していた彼女が、何故そんなことをしたのだろう?もしもお店の人に見つかったら、えらい騒ぎになるのに、目端も利く彼女が、そこに思い至らないわけがない。スリルを味わいたかった?スリル?
私は普通に彼女と話しながら歩いていたが、頭の中は大混乱だった。
以来、彼女とは距離を置くようになった。もしも、一緒にやろうと言われたら断りきれない自分が怖かった。私は、見つかったらたいへんなことになるようなことに、スリルを見出すことが出来なかったから。
飛べない翼
小さい頃、縁側からスズメが飛び込んできたことがある。カラスにでも襲われたのか、片翼でバタバタ転げ回っていて、もう片翼は血が出ていた。
私は小学校に行かなければならなかったので、その後どうしたのかは分からない。でも、帰宅すると玄関にリンゴ箱があった。昔のリンゴ箱は木で出来ていて、蓋も釘を打ち、中にはおが屑がいっぱい詰まっていて、そこから釘抜きで蓋を取ってからリンゴを取り出すのだった。そのリンゴ箱の蓋の部分に網が張ってあって、そこに今朝の雀が居た。
手当てをしてもらったのか、その時はじっとしていが、翌朝からチュンチュンよく啼いて、中でバタバタ遊んでいた。
この子は飛べなくなったとき、何を思っただろう。この先、カラスやヘビに睨まれたら逃げるすべがない。私たち人間が足をもがれるのと同じだ。人間なら、頭脳があるから対策を講じることは出来るが、スズメでは義足も車椅子も杖も無い。「詰んだ」と思ったろう。
だけど、この子なりの知恵、と言うよりも本能的に人のいるところに逃げ込んだ。それで助けられて、手当てもしてもらい、餌も寝床もある。最良の選択だったね。
飛べない翼でも、いずれ飛べるようになる。最良の道を見つけて、とりあえず動くことがたいせつなんだな、と、小学生の私は思った。
ススキ
近くにススキ野原があって、いま真っ盛りだと言うので二人で来てみた。
近くとは言っても、家から車で30分以上来て、駐車場からかなり歩いた。
ふいに視界が開けて、一面のススキだった。
1本1本は地味な草だが、こんなにもまとまっていると、風に吹かれて右へ左へと波のように揺れ、大きな生き物のように見えて不気味だった。私は思わず健二の腕にしがみついた。
「健二、帰ろう」
「もう帰るの?来たばっかりだよ」
「だって怖くなったの、なんか怖いの」
思わず涙ぐんだのを見て、健二は私の肩を抱いて、分かった、帰ろう、と言った。
「だいじょうぶだからね」と何度も囁く。その声に勇気を得て、帰りの小道に入ったとき、私は大きく振り返り、もう一度ススキ野原を見た。
・・・ただのススキたちだった。
怖く感じたのは何だったんだろう?でも、やはり、ここにとどまって眺めているのは嫌だった。鬱が進みそうな気がした。3ヶ月も苦しんで、やっと抜け出したのだ。もう、あの気持ちはたくさんだ。
駐車場までの道は、意外なほど心が弾んだ。スキップしたい気分だった。