飛べない翼
小さい頃、縁側からスズメが飛び込んできたことがある。カラスにでも襲われたのか、片翼でバタバタ転げ回っていて、もう片翼は血が出ていた。
私は小学校に行かなければならなかったので、その後どうしたのかは分からない。でも、帰宅すると玄関にリンゴ箱があった。昔のリンゴ箱は木で出来ていて、蓋も釘を打ち、中にはおが屑がいっぱい詰まっていて、そこから釘抜きで蓋を取ってからリンゴを取り出すのだった。そのリンゴ箱の蓋の部分に網が張ってあって、そこに今朝の雀が居た。
手当てをしてもらったのか、その時はじっとしていが、翌朝からチュンチュンよく啼いて、中でバタバタ遊んでいた。
この子は飛べなくなったとき、何を思っただろう。この先、カラスやヘビに睨まれたら逃げるすべがない。私たち人間が足をもがれるのと同じだ。人間なら、頭脳があるから対策を講じることは出来るが、スズメでは義足も車椅子も杖も無い。「詰んだ」と思ったろう。
だけど、この子なりの知恵、と言うよりも本能的に人のいるところに逃げ込んだ。それで助けられて、手当てもしてもらい、餌も寝床もある。最良の選択だったね。
飛べない翼でも、いずれ飛べるようになる。最良の道を見つけて、とりあえず動くことがたいせつなんだな、と、小学生の私は思った。
ススキ
近くにススキ野原があって、いま真っ盛りだと言うので二人で来てみた。
近くとは言っても、家から車で30分以上来て、駐車場からかなり歩いた。
ふいに視界が開けて、一面のススキだった。
1本1本は地味な草だが、こんなにもまとまっていると、風に吹かれて右へ左へと波のように揺れ、大きな生き物のように見えて不気味だった。私は思わず健二の腕にしがみついた。
「健二、帰ろう」
「もう帰るの?来たばっかりだよ」
「だって怖くなったの、なんか怖いの」
思わず涙ぐんだのを見て、健二は私の肩を抱いて、分かった、帰ろう、と言った。
「だいじょうぶだからね」と何度も囁く。その声に勇気を得て、帰りの小道に入ったとき、私は大きく振り返り、もう一度ススキ野原を見た。
・・・ただのススキたちだった。
怖く感じたのは何だったんだろう?でも、やはり、ここにとどまって眺めているのは嫌だった。鬱が進みそうな気がした。3ヶ月も苦しんで、やっと抜け出したのだ。もう、あの気持ちはたくさんだ。
駐車場までの道は、意外なほど心が弾んだ。スキップしたい気分だった。
脳裏
その時、脳裏に浮かんだのは、嫌っていた母のことだった。
「あんたも、母親になったら分かるよ」と、事あるごとに言われていた。でも母になっていないのだから分からない。とりわけ激しく叱責されて、感情的になった母に髪の毛を掴まれて振り回されたこともあるが、そういう時に必ずそう言うのだった。
私にとって母は、自分の感情を制御できない人間に見えて、言うこともやることもきらいだった。
長じて、結婚して母になっても、長く分からなかった。子どもは可愛くて可愛くて、反抗されても、その瞬間は腹が立つが、感情的になって殴ったりしたことはなかった。
「育ててやった恩も忘れて!」という親のセリフがあるが、私は可愛くて守りたくて大切に育てたので、育ててやった、などと思ったことはなく、むしろ生まれてきてくれてありがとうと思っていた。
そんなある日、子どもが私にこう言った。
「専業主婦って一日中ヒマでいいよね」
主婦がヒマだと思うこと自体間違っているが、私の生き方を全否定する言い方に胸が冷えた。悲しかった。あなたを大切に育てたかったから、結婚前に取った資格も使えない専業主婦になったのよ。でも、そう言ったら、そんなことは頼んでいないと言われるに決まっている。
流石にひっぱたいてやろうかと思ったが、その時、母の言葉を思い出した。人生で、子育てほど思ったとおりにならないことは無い。自分が努力してもどうにもならないことが多すぎる。
母の子育てが良かったか悪かったかは別として、少し母の気持ちが分かった。やはり母親になったからなのか
意味がないこと
どんなに素敵な出来事でも
貴方と一緒でないと意味がない
どんなに美味しいものでも
貴方と向かい合わないと意味がない
どんなに美しい希望でも
貴方と語らなければ意味がない
どんなに熱い愛の言葉でも
貴方からでなくては意味がない
そう すべてが
貴方が居なくなった今では
意味がない
あなたとわたし
あなたとわたしはおやこだから、はなれられません。どんなにたたかれても、どんなにいやなことをいわれても、おうちにいないと、ごはんがたべれないから。
このあいだ「じそう」っていうひとがうちにきましたけど、おかあさんがおいだしました。「たたいてなんかいませんよ!どならないですよ、おかあさんやさしいよね」とわたしにききます。いやいやしたらあとでおこられます。たたかれます。だからうんっていいました。「さあ、このことふたりででかけるんだからかえってください」わたしにもなにかいおうとしたのに、おいだしてしまいました。
あなたとわたしはおやこなのに、どうしてたたくのでしょう。どうしてどなるのでしょう。おやこだからなのかな。いたいのはいやです。おおきなこえもこわいです。
「じそう」さん、もういちどきてくれないかな。ほかのひとでもいいから、だれかたすけてくれないかな。