桐田 藍生

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8/20/2024, 2:49:28 PM


【さよならを言う前に】


「月が綺麗だね」
 この暗喩が君には通じないだろう。
 でも使ってみたかった。ずっと一緒に暮らしてきて、ぼくと一緒に本の山に埋もれて、満足そうにしていた君だから。
 通じると思ったぼくは、ちょっと阿呆かもしれないけど。
 だって君は頭が良いし。
 ほら、君の目には月が映っている。
 君の目には見えないのかもしれないけれど。
「ねえ、綺麗だろう?」
 君は短い返事をする。
 ぼくはそれだけで幸せだ。
「待っていなくてもいいよ。ぼくはもう少しかかるけれど、君のことを探し出せると思うから、またおいで」
 君は薄く開いた目で、何を見ているんだろう。
 何を聞いているんだろう。
「大好きだよ」
 たくさん伝えたい。
 君がこの体から離れる前に、たくさん、たくさん伝えたい。
「ありがとう。大好きだよ。ありがとう。ありがとう。大好きだよ、大好き」


 別れの言葉は、君が旅立ってから。
 この世界から突き放したくないから。
 君の存在をぼくは最期まで求めるから。


「大好きだよ」


 別れの挨拶はぼく自身への言葉だから。
 君には最期まで感謝を贈ろう。


「大好きだよ」

7/25/2024, 11:18:32 AM

【鳥かご】



それは重力の別名
それは大気の別名
それは水の別名


それは家族の別名
それは伴侶の別名
それは愛情の別名


それは肉体の別名
それは星の別名


それすなわち魂の別名


7/15/2024, 1:59:38 PM

【終わりにしよう】



「もうここまでだ」
 墓の下であの人が言う。
「気が付いたらぼくの人生の最後の最後まで、捧げてしまったよ。君にあげる時間も無くなってしまった。馬鹿息子の代わりに看取って、埋葬までしてくれたのに。何かを君に残してやることも忘れてしまっていた。非情だね、ぼくは」
 いいえ、貴方は人類の死滅を回避して下さいました。
 貴方の息子達はこの先、幾度となく訪れる絶滅の危機を退けてくれるでしょう。
 だからもう、眠って下さい。
 貴方は人類最高の科学者です。
「そう言ってくれるのは君だけだよ…後にも先にもね」
 あの人が微笑う。
「馬鹿息子達を頼むよ。出来る範囲で構わないから」
 魂に走る最後の電気信号を感じ取る。
 ええ、それが貴方の望みならば、叶えましょう。
 頷くとあの人は最期に、微かな笑みを残した。
 魂の電気信号が完全に消失する。


 ずっとずっと優しい人。
 貴方との最後の約束を叶えるときが来ました。
 

 幾度目かの人工の眠りに着くあの人の息子達。揺り籠に繋がる無数のケーブルに手を掛ける。
 ぶちぶちぶち、とナノファイバーカーボン製のケーブルを、万感の思いをこめて丁寧に引きちぎった。
「サヨウナラ……悪魔」


 さあ、世界中の愛しい生命よ。
 星を何度も作り変えた悪魔はこの手で始末した。
 あの優しい人の願い通り、自由に生きて死ね。
 世界はもう繰り返さない。
 
「終わりにしよう」



7/12/2024, 2:15:26 PM


【これまでずっと】



そういう生きものとして生まれたから
そうやって生きて
そう終わるのだと思っていた

これまでずっと
これからもずっと


本当に?



7/11/2024, 4:17:52 PM


【1件のLINE】



もう何年も会っていない弟の誕生日に、「誕生日おめでとう」のスタンプを送った。

返ってきたのは
「そういうの止めろって言ったよな。いい歳して非常識だと思わないのか」

傷ついた
哀しかった
頭にきた
言祝ぎを送ったのに非常識たぁふざけんな


2年経ってそのLINEを消した
弟のタイムラインには残っているだろうが知ったこっちゃない

来年は自分の中で言祝ぎしよう
届けなくても 届かなくても
あいつはたった1人の大事な弟なのだから


ずっと祝ってやるから覚悟しやがれ

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