身分なき時代に、
真の高貴はどこへ消えたのか。
地位ではなく、
背中で導く者がいたならば
この国はもう少し、
優しく、強かっただろうか。
『教えられなかった言葉たちへ』
語ろうとした、幾度も
だが口にすればするほど
本質は逃げ水のように消えていった
どうして伝わらない?
なぜ、届かない?
怒りと疲れが、喉の奥に溜まっていく
言葉はあった
けれど、それは「教える」には重すぎた
理解させるには、
あまりに深く沈んでいた
だから、筆を取った
教えることをやめて
物語に預けることにした
誰かに伝えるのではなく
誰かが自分で気づくために
語らずに語る
教えずに導く
光のような、影のような、
静かな旅を紡ぐために
この手は選んだのだ
「小説家」という
孤独で、温かい、
語りの道を
愛は、叫びではない
誰かを奪う力でも、所有の証でもない
それは
黙って背中を預けられる場所
嵐の夜に灯る ひとつの灯火
涙の意味を尋ねずに
そっと手を添える仕草
愛とは、
「わかるよ」と言う代わりに
わからないまま、そばにいる強さであり
すれ違いを繰り返しながらも
そのたびに歩み寄ろうとする、
意志の継続
美しい言葉で飾られた愛は
風にさらわれやすいけれど
日々の沈黙の中にある
名もなき心のやりとりこそが
真の愛を育てていく
愛は、証明しようとするほど脆く
与えたときより、
信じたときに深くなる
そして何より、
自分自身をも 否定せず抱きしめる力が
誰かを本当に愛するということの
始まりになるのだ
雨音に包まれて
しとしと ぽつぽつ
世界が 静かにほどけていく
誰かの涙か 空のため息か
音になって 頬をなでる
窓辺に佇むこの時間は
忘れられた想い出の引き出し
ほこりをかぶった手紙のように
ひっそりと胸を叩く
街のざわめきは 遠く
心の声だけが 近くにある
傘の下で交わす言葉より
雨音の方が 優しかったりする
濡れたアスファルトに
映るぼくらの輪郭は 滲んで
それでも たしかにここにいると
雨がそっと 囁いてくれる
「ことばより先に」
子どものように 在りなさい
意味を探すより 感じるほうが早い
名も知らぬ風を そのまま風と呼ぶ
それが 言葉の はじまりだった
誰かになろうとせず
何かを飾ろうともせず
咲いた花のそばに座って
ただ、心が揺れるのを 眺めていた
人は 賢くなりすぎて
壁に名前をつけ 橋に理屈を敷いた
それでもまだ
詩だけは 意味の外から やってくる
言葉は道具になったけど
子どもはまだ 神に会いに行くように
自然に 静かに ひとこともなく
世界を抱きしめるように 笑う
わたしたちは 忘れていく
けれど、詩だけは覚えている
声を持つ前の沈黙を
その中に宿っていた あたたかい何かを