【モンシロチョウ】
蝶々は、不死や幸運の象徴らしい。
幼虫からサナギになって、美しい成虫に姿を変える
その過程が由来となっている。
死者の魂が宿るとされていて、
亡くなった友人が蝶々となって会いにくる
なんていう話があるくらいだ。
祖母の家によく来ていたモンシロチョウは
飼い犬だったのだろうか。
姿を変えてでも感謝を伝えたかったのだろうか。
そんな祖母は生き物が好きだった。
縁側に座って 祖父の畑を見ながら、
色んな生き物の名前を教えてくれた。
よく見かける鳥やたまに遊びに来る猫
何故か祖母の周りに集まる蝶々も。
こんな名前をしていて、それらを食べて、
あんなことがあって、どういう時に来るのか……。
私はそんな祖母との時間が好きだ。
楽しそうに話す祖母の横で、蝶々は美しく舞っている。
生き物のことをこれほど楽しそうに話す祖母に、
また会いたくなるのは当然かもしれない。
何度も聞いたと少し呆れたようなアゲハチョウも
そっと寄り添って笑っているみたいなタテハチョウも
皆祖母に関わりがあったのだろうか。
沢山の生き物たちが、楽しそうな祖母を一目見ようと
畑や縁側に集まっている。
祖母にはまだまだ生きていてほしいものだ。
蝶々には長寿や健康を願う意味もあるんだとか?
【優しさだけで、きっと】
深い深い海の中。
何も聞こえず、何も見えず、
音も光も届かない、真っ暗な世界。
手を伸ばしても、陸には到底届かない。
肺の空気は尽きて、
もう取り返しがつかない。
力を抜くほど、沈んでいく。
でもどこか心地いい。
そんなことを考えながら眠ると
いつもより深い眠りにつけた。
海の底に沈むように。
たまに本当に何も聞こえなくなる時がある。
自分の呼吸がうるさい。
浅く静かに息をする。
誰にも、自分にすら聞こえないくらいに。
もっともっと沈んでいく。
このまま消えてしまいたい。
誰にも気づかれない、誰も知らないところで、
どこかで生きていると思われているうちに
海の底まで沈んで、海の一部になれたら、
何も考えずに済むのかな。
優しさに溺れて、辛くなる前に。
何をしてもダメで、不安でも孤独を強いられ、
自暴自棄になって暴れて、そのまま罪人だと捕らえられた
そんな過去ばかりだったから。
困った時は、助けてくれて
苦しい時は、そばに居てくれて
間違った時は、引き戻してくれて
嬉しい時は、一緒に笑ってくれて
その日々が、無くなるいつかが不安だと言った時、
大丈夫だよって否定してくれる。
何よりも大切な友人ができた。
その優しさに甘えて、傷つけてしまう前に、
何も無い海の底に沈めてくれ。
それが無理だと言うのなら
どこまでも私に付き合ってくれ。
どうせ溺れて死ぬなら、道ずれにしてやる。
それすら許してくれると思えるから
もう既に溺れていたのかもしれないな。
【刹那】
当たり前は当たり前では無いこと。
それは、誰もが知っていることだが、
誰もが忘れてしまっていること。
当たり前とは、刹那に過ぎ去っていくもの。
誰も知らないうちに、静かに消えていく、
どうにか阻止しようとも、止められるものではない。
だから当たり前がある内に頑張るのだ。
いつか無くなったとしても、前を向けるように。
その当たり前が無くならないようにすることは、
いつまでも続くように努力することは、
できないのでしょうか。
どうして、いつもあるはずのものが無くなっても
前を向けるのか。
どうして、今までと違うままでも
進んでいけるのか。
当たり前が当たり前にあること。
それを望むことを許してはくれないか。
そのために、努力をすることを
どうか無駄だと思わせないでくれ。
時間とは残酷なものだ。
たくさんのものを消して、増やして、変化させる。
過去のまま、いつまで置いては置けない。
必ず変化し、衰退させ、忘れていく。
それがどれだけ辛く、苦しいことか。
時が経つのは一瞬だ。
その辛く苦しいことすら、忘れさせていく。
誰も私を覚えていない。
そんな世界もあるかもしれない。
それでも私の見ている世界は昔と変わらず 今も続いてる
せめてそう思わせて。
昔と変わらない景色なんて、ここにはない。
もう記憶の中にしかない。
それは多分、悲しくて苦しいことだ。
刹那に移りゆく世の中に、
変化しない何かを求めるのは間違っているでしょうか。
いつもまた同じものを見れるという当たり前も
当たり前じゃなかったのかな。
【無色の世界】
全部許してほしかった。
今までにしたこと
これからするかもしれないこと
何もかも許されて、そこから始められたら
全部丸く収まったのに。
許してほしいと言っても、
何か心当たりがある訳じゃない。
でも何もしてないとは言いきれないから。
自分では正しいと思っていても、
誰かにとっては間違っているかもしれない。
考え出したら終わらないけど
無意識に誰かを傷つけていると思うと
怖くて仕方がない。
怖いから逃げて、
逃げれなかったら嘘をついて、
嘘がバレたら、違う嘘で上塗りする。
本当に最低な生き方だ。
傷つけたくないといいながら、
自分を守ることしか考えていない
ただの自己中だ。
ちゃんと向き合えないところ、嘘つきなところ
逃げてばかりなところ、弱虫なところ
どうか許してほしい。
そう癖づいてしまっている。
真っ白な紙に、真っ黒なインクを垂らしたら、
もう元には戻れないように。
嬉しいこと、楽しいこと、
悲しいこと、苦しいこと、
全部溜め込んで誰にも言わずに
嘘で塗り替えてしまうのは、
私自身がもう戻れないからなんだ。
それも含めて全部、許してくれたら、
また無色に戻れるのかな。
嘘をつかずに本音で、、
いや、
実は自分が一番戻りたくないのかも。
本当は誰よりも傷ついてなくて、
みんなより苦しくないのに、
こうやって辛そうにしてるって思われたら
何が正しいのか分からなくなってしまうから。
せめて間違いだって思わせて。
【言葉にできない】
言葉にしていないことを察してくれる人は
信頼できる人だと知った。
言葉にしたことを覚えてくれる人は
親しくなれる人だと知った。
言葉にしてはいけないことを教えてくれる人は
手放してはいけない人だと知った。
言葉にしなければいけないことを伝えるべき人は
大切な人だと知った。
失ってから、知ったこと。
これが言葉にできなかった人の末路だ。
言葉にしなきゃ伝わらない。
そんなことは知っている。
思いを言葉にすること
受け入れてくれると信じること
それがどれだけ難しいか。
思いを言葉にできないこと
受け入れられずに裏切られること
それがどれだけ恐ろしいか。
言葉にしなきゃ伝わらない。
その言葉が酷く重く感じるのに
実行する勇気が出ないこと。
それがどれだけ悔しいか。
そう思うことしかできない自分を
何よりも恨めしい。
これを不器用で片付けていいものなのか
私にもよく分からない。
心配しなくても大丈夫だと、必ず受け入れてあげると、
なんと言われようと私は本音を吐き出せないだろう。
誰の耳にも届かなかったこと
簡単にへし折られたこと
大切な人に悪口を伝えられたこと
それを自分が言ったことにされたこと
この最悪が私の中に根付いている限りは、
誰とも本音で話せない。
いや、本音というよりかは、
本当に話したいこと、相談したいこと、
たくさんあるはずなのに言葉に詰まってしまう。
おかげで私が正しく言葉を使えるなんて
思いたくはないけど、実際そうなんだろうな。
嫌な過去ばかり覚えている。
人格を記憶ごと変えて、全部消せたらいいのに。
私にこの過去は辛すぎる。
ほんと、忘れてしまいたい。