みなみちゃんは、女の私からみてもかわいい女の子だ。
大きい瞳にくっきりとした二重瞼。上向きのまつげはビューラー要らず。横から見るEラインは彫刻のようで、リップなしで色づく唇は、幼い顔立ちの彼女に、艶やかなアクセントを施している。
みなみちゃんはかわいい。
だから彼女を好きな男の子はたくさんいるし、かわいい彼女は恋にもよく落ちる。
「あのね、私、坂口くんが好き」
恋に落ちた彼女は、いの一番に私にお知らせしてくれる。今度の相手は学年トップの坂口くん。二ヶ月前まで付き合っていたサッカー部キャプテンとは、真逆のタイプである。
「いいね、みなみちゃんに合うと思う」
「嘘。前もそう言ってたじゃん」
「だってどっちも本気だもん」
「ふぅん」
みなみちゃんの恋の相手はまちまち。サッカー部キャプテンの大倉くんに、ピアノの得意な神崎くん。数学オリンピック出場の伊藤くんに、そして今回の坂口くん。どの人も一芸に秀でていて、素敵で特別な男の子。ただ、ばらばらにみえて、一つだけ、確かな特徴があるのも事実。
「なぁんだ、さっちゃんが好きじゃないなら、わたし、本気出しちゃおうかな」
つんと尖った唇に、思わず釘付けになる。ぽけぽけした私の様子に、みなみちゃんの大きい瞳が、不満そうに細められる。
「さっちゃん、最近坂口くんのこと見てたから、好きな人被ったらやだなって思ってたの」
そう。
みなみちゃんは、私が目で追う男の子を好きになる。
「…そんなことないよ、応援する」
「ふふ、ありがと」
花のように笑う彼女は、ひどく蠱惑的だった。
「付き合えたら、報告するね」
「…うん、待ってる」
みなみちゃんは、かわいい。
だからきっと、すぐに彼女は私の元にやってくる。「付き合えたの」と頬を赤く染めて。
【神様だけが知っている】
側から見れば、私は道化。かわいい友人に敵わない。いつも恋路を邪魔される、可哀想で目立たない脇役。
でも、私はこの関係を気に入っているのだ。
誰にも言うつもりはない。親にも友達にもみなみちゃんにも。でも、それで良い。彼女が私に張り合う間、彼女の関心はずっと私に注がれているから。
実は、私は少し朝が弱い。
早朝、アラームを止めて、寝ぼけ眼で時計を確認する。まだ時間に余裕はある。
とぼとぼとベットから抜け出し、流しで手を洗い、食パンをトースターに入れて、洗面台へと向かう。冷たい水を浴びてようやく、私は覚醒する。
キッチンに戻り、焼きたてのバターをトーストに塗る。私は分厚くてふわふわの生地を好んでいるけれど、あの人はそうではない。ペラッペラの八枚切りをカリカリに焼くのが好きらしい。
情報番組をBGMに食器を洗う。ついつい、洗剤を贅沢に使ってしまうのが私の悪いところ。ふるさと納税の返礼品が一気にきたせいで、しばらくなくなる気配がないんだもの。
制汗シートで肌を拭き、通勤用のブラウスに腕を通す。仕事に行くだけなのに、アイメイクをきちんとしてしまうのは、私が浮かれているせい。ややきついウエストは、美味しい食事に連れて行ってくれるあの人のせい。
「行ってきます」
返事はないけれど、言葉に出すことにしている。なんとなく、スイッチが入るような気がして。
マンションから出て一本道。職場に向かうにはバスに乗って、それから電車に乗り換える。浮ついた気分で歩いていると、バス停に見えるあの人が、私に手を振る。
私はここからバス停までの一本道が、一番好き。
「おはよう」
忙しそうにしているあの人との少しの逢瀬を大事にしているから。
頭上を見上げると、太陽が燦々と輝いている。
蝉の鳴き声がどこか遠くに感じられ、あまりの熱気に視界が歪む