秋風
ごみごみとした灰色の街に重たい雲が低く垂れ込めている。すれ違う人は皆疲れ切った顔をして、俯きぎみに歩いていく。私も例に漏れず、冷たい秋風に身を縮めながら足早に帰路を急いだ。
薄手のコートは今日になって突然下がった気温にまるで太刀打ちできず、私は寒さに思考を奪われたまま無心で足を進めるうちに、一つ曲がる道を間違えたことに気づいた。私は愛する家族の待つ我が家ではなく、独身時代に暮らした古いアパートのある路地に立っていた。
私は早く引き返すべきだと思いながらも、あのアパートを一目確認したい気持ちを抑えられなかった。私は夢遊病者のようにふらふらとアパートの下へ近づき、かつて帰った部屋の窓を見上げた。
カーテンのかかった窓から黄色い灯りが漏れ、背の高い男のシルエットが浮かんでいる。落ち着きなく行ったり来たりを繰り返す影に、「ああ、彼だ」と私は奇妙な感慨を覚えた。同時に、かつて一つ屋根の下で暮らした彼がひどく遠くへ行ってしまった気がして、侘しく辛い気持ちがじわじわと心を占めた。出て行ったのは私の方なのだから、明らかに身勝手な感情だった。
もし今すぐに階段を登って、あの部屋を訪ねたなら、彼は親しい友人として私を歓迎してくれるだろう。温かいコーヒーと趣味の良い茶菓子を供してくれさえするだろう。彼にはそのような健気な優しさがあって、しかし私は最早それに甘えることはできない。そんなことをするのはあまりにも不誠実だからだ。
私は後ろ髪を引かれながら踵を返し、本来の帰り道へ戻った。私が選んだ家が、あの窓の灯りよりも暖かく私を迎えてくれることを願いながら。
また会いましょう
あなたとあのように別れてから今日まで、返す返す他に道は無かっただろうかと思い巡らせてきたのですが、どのような道を辿れども、結局は同じ日を迎えるだろうと今は結論しております。
ただ、私があなたの望むものになれないことをあなたは最初からご存じだったかもしれませんが、あの頃の私にそれを理解するだけの分別があれば、もう少しあなたを傷つけずに済んだかもしれないとも思います。
どのような選択も後悔せぬように選んだつもりで、けれど実際には後になって悔いることは枚挙にいとまがありません。人にできることは精々、いま向いている方が前だと信じることくらいでしょうか。
私の向く方へ大勢の命を進ませる悍ましさに接するたびにあなたのことを思います。私のために死にたいと言う若者たちの輝く瞳に、本当は何を返すべきなのか未だに分からずにいます。
もし許されるなら、この世であれ地獄であれ、きっとまたお会いしましょう。あなたと私の間においては、いずれでも大差はないでしょう。そして願わくば、何者でもない私たちとして、もう一度話をしましょう。
残暑がようやく過ぎたかと思えば、今朝は小雪が舞っておりました。寒暖差の厳しい今日この頃、どうかお体にお気をつけください。夜は特に冷えますから、あなたの傷にひどく障らないよう、暖かい場所で過ごされていることを願って止みません。
スリル
彼をスリルジャンキーだと言ったことは嘘ではないが全くの真実というわけでもない。それは彼の一側面に過ぎず、彼は実際には死線を掻い潜るスリルなどとは無縁な、平穏でありふれた幸福な人生を問題なく受け入れることができることを僕は確信している。しかしそれを口にすることは決してない。このような、彼が僕のそばを離れない理由を一つでも失うまいとする僕の卑しい策略は数えきれないほどあり、さらに日々更新を続けている。
僕が僕である限り彼を繋ぎ留めるために策略は不可欠だ。或いは、僕がありふれた幸福を愛せる人間であったなら策略など不要だったかもしれない。実際には、何もなしで彼が僕のそばに居続けることは全く非現実的にしか思われない。彼にそのことについて尋ねたことは一度もないが、彼が僕の元から去る理由はいくらでもあるのだから、聞くまでもない。
だから僕は今日も彼に言うだろう。「君にはスリルが必要だろう?」そうであってほしいと祈るように。