ナツメグ

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スリル

 彼をスリルジャンキーだと言ったことは嘘ではないが全くの真実というわけでもない。それは彼の一側面に過ぎず、彼は実際には死線を掻い潜るスリルなどとは無縁な、平穏でありふれた幸福な人生を問題なく受け入れることができることを僕は確信している。しかしそれを口にすることは決してない。このような、彼が僕のそばを離れない理由を一つでも失うまいとする僕の卑しい策略は数えきれないほどあり、さらに日々更新を続けている。
 僕が僕である限り彼を繋ぎ留めるために策略は不可欠だ。或いは、僕がありふれた幸福を愛せる人間であったなら策略など不要だったかもしれない。実際には、何もなしで彼が僕のそばに居続けることは全く非現実的にしか思われない。彼にそのことについて尋ねたことは一度もないが、彼が僕の元から去る理由はいくらでもあるのだから、聞くまでもない。
 だから僕は今日も彼に言うだろう。「君にはスリルが必要だろう?」そうであってほしいと祈るように。

11/12/2023, 2:14:44 PM