何もいらない
そうだな
旅に出るのはどうだろうか
例えばノートと筆を持って
それ以外は何もいらない
もし彼も彼女も誘惑も、
面倒な用事も関係も、
全て断ち切って踏み出すとしたら
その時は何もいらない
爽やかな風と青々とした緑に囲まれて
それ以外は何もいらない。
もしも未来を見れるなら。
カメラを覗いてそのレンズに彼を撮した。
絵になる人だ。単に絵になるんじゃなくて、この人自身芸術の人だから。
「ねぇもし行けるならさ過去か未来どっちがいい?」
カメラから目を離してありきたりな質問をした。彼の気を惹きたかったのかもしれない。
「なにそれ。千紗、急に正気にでも戻ったの?」
ポーズをゆっくりと戻した彼はふわっと笑った。
「いや急に気になったの」
そういうこともあるか、と簡単に共感すると彼はじっくり考え始めた。
「んーどうだろう」
「未来だろうな」
だって過去なんてただのごみ屑じゃん、なんて綺麗な顔で毒を吐く。
「千紗との未来を見たい、俺」
桜散る
桜舞い散る中に忘れた記憶と___
有線イヤホンから流れる“春色プレイリスト”
あの頃のあの人がオススメしてくれたから、全部ダウンロードしたあの記憶。
桜が葉桜になって、川には花びらが浮いている。
大学内の川沿いをゆっくりと歩く。
彼女はこの大学にはもう居ない。
「中山くん!」
ゆっくり振り向くとあの人が、あの僕が大好きな笑顔で
「久しぶりに来ちゃった」
お花見だね、一緒に食べよう、と学食のサンドウィッチを片手に上げる。
あぁもうこの人には敵わないな。
「先輩、卒業おめでとうございます」
夢見る心
トントントンと屋根裏部屋に雨がメトロノームのように鳴り響く。
一定なようで不定なこのリズムに身体を任せて私は筆を走らせる。
トントントン トントン
ザー
バンッ
カレンダーは4月。30日には赤色のペンでぐるぐると印が付けられている。
この絵はコンクールで、きっと入賞する。大丈夫。大丈夫。
トントントン トントン
大丈夫。私はきっと人気な絵師になる。
大丈夫。出来る。私は出来る。
遠くの空へ
「こんばんは」
1人の男がこちらを見てそう言った、
一歩ずつ近づくその足音が怖くて私はそっと後ずさる。目はそらせない。そらせないほどの力強さがそこにはあった。
「馬鹿で浅はかなお姉さん」
「どう?死後の世界は」
肩に置かれた手が冷たくてゾワッとする。
あ、そっか、私、
「わざわざ満員電車に突っ込むとか。いいご趣味だねぇ」
ニヒルに笑った男はどうでも良いけど、と呟いて足元に目をやった。
「まぁあんなところに帰る必要もないけど」
「こっちからしたら、あっちの世界が遠いお空さまな訳よ、御愁傷様」
「私、その、ほんの気の迷いで」
「帰れないよ。」
冷たい目線が突き刺さる。
「後悔しても無駄。あんたが犯したことは大罪。」
「思う存分ここでゆっくりしていきなよ」
これを望んでたんでしょ?と言う。
「見てみなよ。あんたの周りの人間を」
ほらほら、と足で下の世界を指図する。
「悲しんでるようには見えないけど」
そうか。私は。これが嫌で。
「その顔だよ。」
男は、ははっと声を上げて笑った。
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「こんばんは」
私はそう言って、若い男の子の肩に手を掛ける。その肩の暖かみにゾッとする。
「馬鹿で浅はかなお兄さん、どう?死後の世界は」