別れ際の挨拶は「また明日ね」
それが当たり前だった時間があった
社会人になってからは、代わりに「お疲れ様でした」になった
一人暮らし、誰もいない部屋に電気をつけて思う
会いたい人に毎日会える日々を幸せと呼ぶんだろう
無くなった「当たり前」を「幸せ」というラベルに貼りかえて、見えないように鍵を締めた
雨は空の涙だと聞いてから、雨の日は嫌いだ。
泣くのは同情を集めるためのもので、先に泣いた者はあらゆるものから守られるから。
最近の空は梅雨でもないのによく泣いている。
甘えるな、なんて叫びたくなる。
私だって泣いて守られたい。
うつ伏せで寝れるようになりたい。
悪夢を見れるから。
君が私に恨み言を言いながら、首を締めてくる。
私はいつも息を切らせて飛び起きる。
首をさすりながら、あれは夢なんて確かめてがっかりする。
君はこんな夢でしか出てきてくれないから。
LINEひとつ返してくれない、薄情な君に会いたいから。
君が買ってきた日めくりカレンダー。
今日は9/12で、カレンダーは7/27。
めくれるのは買ってきた者の特権だ!とか言ってたのに、熱心にめくってたのは最初の一週間だけだったな。
途中からめくるのは俺の役割になった。
俺がめくらなくなって48日経った。
君がいなくなって明日で49日になる。
俺はそのことを、まだ受け入れられないでいる。
失ったものが大きすぎると、何をしたらいいのか分からなくなるものだ。
そう気づいたのは、ベスを看取った時だった。
ベスは、私が8歳の頃に飼い始めたゴールデンレトリバーだ。
家に来たときはまだ子犬だった。
イタズラ好きでかまって欲しいときは決まって洗濯物を漁って、母に怒られていた。
最初は、家族の関心を独り占めにしてしまうベスの存在は嫌だった。
関心を取り戻すために、物を隠したり、宿題をやらなかったりした。
ある日、私はイタズラで母にこっぴどく叱られて、布団の中で泣いていた。
そんな私の背中によりそってくれたぬくもりが、ベスだった。
私が顔を上げると、ベスは涙を舐めてくれた。
それでようやく、私にもベスを受け入れる気持ちができた。
子どもの私は単純なもので、自分に優しくしてくれるものは何でも好きになった。
そうしてベスと私は、まるで仲の良い姉弟のように常に一緒にいるようになった。
進学先を実家から通える距離の学校にしたのも、ベスと離れることが考えられなかったからだ。
そんなベスは、今私の前で静かに眠っている。
15年。長く生きたほうだ。
いや、短い。
もっともっと、私が生きている間はずっとそばにいてくれると、どこかで思っていた。