どこに行こうか?
そんなことを考えながら、ペダルを踏む。
無謀な計画を立てた小学生。
部活動に勤しんだ中学生。
寄り道を繰り返した高校生。
お喋りに夢中になった大学生。
そんな時は、いつも相棒だった。
大人になっても、変わらないんだろうな。
子供を乗せて、あるいは、ペットを連れて。
買い物や集まり。ちょっとした遠出には本当に助かる。
”自転車に乗って”どこまでも。
それはもうできないけれど、大切な思い出の片隅にある。
自転車に乗って
本当に、ままならないよねぇ。
人はいつだって保守的で、意地っ張りで、天の邪鬼だ。
思い込みが激しくて、自分こそが正しいと自負してやまない。
そんなのだから、世間から爪弾きにされるんだけど。
それで”心の健康”を害っているんだから、本当にバカらしい。
心の健康
その姿は、まさに表現者。
表情に、指先に、足の先まで。
全てを駆使して、音無き音を紡ぎ出す姿は、まさに圧巻で美しい。
音があってこその表現と言われるであろう世界で。
音がなくとも音楽を伝え、観る者に訴える表現力と造詣に富んだ読解力は、他の追随をまるで許さない。
まさに、孤高にして至高。
誰もが到達し得ない、唯一無二の世界を紡ぐ者であり、その先を見据え、たゆまぬ研鑽を積む努力者。
そんな”君の奏でる音楽”は、いつだって憧れで目標なんだ。
君の奏でる音楽
トレードマーク、だったかな。
いつも笑っている友人は、暑さなんて感じていないようで。
楽しげに、面白そうに、僕を観察してたっけ。
それでも、大切なことは綺麗にはぐらかして。
僕が戸惑うのを、笑って見守っているような奴だった。
ーーーでも、嫌みじゃないんだよなぁ。
友人は確かに変わってたし、意地悪だし、非常識だったかもしれない。
だけど、友人に救われたことは数多くあって。
だから僕にとって、親友と呼べる1人だった。
今はもう、どうしているのか解らない。
大人になった僕は、親友がいた町に行くことがなくなっていたから。
……だけど、この季節になると思い出すんだ。
”麦わら帽子”を背にした、不適で、意地悪で、誰よりも優しい、不思議な親友の姿を。
麦わら帽子
いずれは、そうなるんだろう。
なりたくて、なる訳じゃないけれど。
そうして、のぼっていくのかもしれない。
例えばそうなった時、何を思うのかな?
多分、色々思うんだろうな。
受け入れられないままだと思う。
それは、必ずしも納得できるものではないだろうから。
”終点”に立った時、何を思うんだろう。
とりあえず言えることは、今は何もないってことくらいかな。
その時にならないと解らないし、その時は今とは違うからね。
終点