裏返し
パンケーキを裏返す。
フライパンのフチに生地が残ってしまう。失敗。
美味しかった。
パンケーキを裏返す。
形が崩れてしまう。失敗。
美味しかった。
愛情をついつい裏返す。
伝わらなくて大失敗。
今更、笑顔の練習。
パンケーキを裏返す。
今日は運がいい。大成功。
でもちょっと焦げた。
短所を裏返す。
集中力がない→切り替えが早い。
そう言われても。
パンケーキを裏返す。
大成功、しかも美味しい。
天才的な出来栄えだ!
今までの失敗を裏返す。
成功、成功、成功。
幸せってなんだっけ。
鳥のように
鳥みたいになれたらなぁ、と彼女が言う。
あんなふうに飛べたら楽しそうじゃない?
鳥になりたいの?と聞く。
なってみたいかも。…あっ、でも、虫食べるのは嫌かな。
どうせ飛ぶなら羽生えた人間がいいかも。
天使みたいだね、きっと綺麗だろうな…
もー、またまたぁー!と彼女は照れる。
…今思ったけど、果物食べる鳥ならいいんじゃない!?
ヒヨドリとかかな。
もし私がヒヨドリになったら、君の家のミカン食べに行くね。半分に切って置いといて。
そんな勝手に…
でもなぁ…鳥になるのは憧れだけど、やっぱり人間として君と一緒にいたいな。
ーーー
そんな会話を交わした彼女はもういないが、ヒヨドリを見る度にうっすらと思い出される。なんとなく、庭で採れるミカンを半分に切り、餌台に置いておく。
今は天使か、ヒヨドリか…きっと楽しく飛び回っているのだろう。
赤い糸
運命の赤い糸、などと云う言葉があります。曰く、幸せに結ばれる男女の小指は、赤い糸で繋がれて居るのだと。それはよく出来た比喩表現で、そのような小説に使われるのを頻繁に見掛けます。
現実、赤い糸というものはそこに在りません。どのように思いつかれた比喩であるのか分かりません。しかし、とても美しい表現である事は間違いないのです。
もし赤い糸が実在するのであれば、私のそれは確実に彼女と結ばれていたでしょう。事実、私たちは運命の如く惹かれ合い、糸の如く結ばれ、共に在るのです。
しかし、御伽噺の様な幸せというものは、此処には在りません。互いに惹かれたのは、互い以外があまりに醜く、共に在ることが息苦しかったためです。その様な世界は生きるだけでも苦労します。私たちは互いに大きな希死念慮を抱き、且つ大きな生存本能を抱いていました。死にたいと思い、死ぬのが怖かったのです。
私たちが心中を決意した時、真っ先に用意したのは真赤な糸でした。手の届かぬ御伽噺を真似る様に、小指を赤い糸で繋いで心中しました。
彼女は死に、私は死に損ねました。
赤い糸はぷつりと途切れて仕舞ったのです。
運命とは非情で、此処に私は生きています。
ここではないどこか
私は忙しかった。精神的に追い詰められるような仕事と状況が重なりに重なって、息つく暇もないくらいだ。
忙しい。時間がない。時間があっても疲れきっていて、気がつけば次の朝が来ている。
趣味も忘れた。やりたいことも忘れた。私が生きているのか死んでいるのかも忘れた。実際、私の顔は死人のようだったと思う。仕事。仕事。
必然的に、掃除にかける時間が減る。身だしなみにも気をつかえていない。ひとり暮らしを始めたばかりの頃は、綺麗な新居と新天地にわくわくしたものだ…ここが同じ部屋だなんて思えない。汚い。もう嫌だ。嫌だ。どこかに消えちゃいたい…
「君、全く有休を使っていないな。もう年度末も近いし、そろそろ使ったらどうかね」と上司。「最近は上がうるさくてね。有休消化率が悪いのも少々困るんだよ」
ーーー
なりゆきで私は4連休を手にした。
1日目。気力ゼロ。ゴロゴロした。何したらいいんだろう。なんとなく、部屋の隅にあった雑誌を読んだ。そういえばこんなの好きだったな私。
2日目。部屋を片付けた。片付けるだけで1日を消費した。見違えるほど綺麗な部屋を見て、なんだか別の場所のように思えた。いいな、この部屋。
3日目。街に出て買い物をした。ちょっといい服を買って着て、ちょっといいカフェでパンケーキを食べた。そうそう、私こういうの好きだった。窓ガラスに映る笑顔を、私は久々に見たかもしれない。
4日目。なんで今まであんなに追い詰められていたんだろう。忙しいとか思ってたけど、もう少しだけ力抜いても結果は変わらなかった気がする。なんか、自分で自分を追い詰めてた。誰にも責められてなかった。なーんだ。昨日買ったドーナツ1個余ってたはず。
ーーー
この仕事、結構楽しいな。いや業務内容とか何も変わってないんだけどね。気分がなんか違う。
周りの人の視線が温かい。元から温かかったんだと思うけど、気づけてなかった。
休息ってこんなに大事だったんだ…もし総理大臣になれたら義務教育に組み込もう。
まるで今までとは違うどこかに来たみたいだ。
ちょっと休んで、ちょっとしたことに気づいただけ。それだけで、なんだか居心地がいい。
今日は定時で帰っちゃおうかな。クッキー焼いてみたい。
君と最後に会った日
先輩が卒業してから3ヶ月になる。
私は先輩のことが好きだった。あまり真っ直ぐな「好き」ではない。頑張ってもなかなか報われない、勉強も上手くいかない、運の悪い先輩が、可哀想で可愛くて可愛くて。でも頑張り屋なところは本当に尊敬していたと思う。軽くて薄っぺらい、誰にでも向けるような「好き」なのかも。
先輩は絵を描くのが好きなようで、ときどきSNSに絵を投稿していた。正直上手くはなかったけど、その独特な雰囲気と世界観が好きだった。私も絵を描くのは好きなので、先輩の持つ不思議な世界観は本当に羨ましかった。
とにかく好きだったけど、卒業して離れてみたら意外と寂しくはなかった。本当の心からの「好き」ではなかったのかも。私は落ち込むこともなく生きている。
いつの間にか、先輩のSNSが非表示になっていた。
最後に会ったのはいつだっけ。
ーーー
先輩に会った。偶然。いつも通り先輩は優しかった。最近どうとか元気とか他愛もない話をして、思い出話を少しして。そんなこともあったな、忘れてた。
また今度、なんて社交辞令を交わして別れる。
私のこと覚えててくれたんだな。ちょっと嬉しい。
今も変わらず頑張ってるんだろうな。すごいな。
そういえば聞き忘れたな、絵のこと。思い出さなかった。
やっぱり明日からも、寂しくはないんだと思う。
でも最後に会ったのは今日だ。今日の会話はまだ覚えていて、まだ忘れていない。
先輩、まだ絵が好きなのかな。
私は、まだ絵が好きだ。
SNSもスケッチブックも今は開く気分じゃない。
でも私はやっぱり絵が好きで、明日になったら描くだろう。
やっぱり頑張り屋な先輩が好きで、忘れることはないんだろう。
心のどこかで覚えている、どうでもいい「好き」。そういうものに人は作られているのか。私はどうして絵を描くのか。
心の奥底にいる誰か、私に絵を描かせる誰か。
君と最後に会ったのはいつだろう。