私の中には夜叉が居る。
彼は確かに私であったが、
私を突き動かすほどの力は無く、
そのうえ醜いので、
私だとは信じれずにいた。
初めて会ったのは16の夏。
当時初めて恋人が出来たが、
私を笑う連中と気が合うらしく、
昼間の猛暑と共に
夜のネオン街へ消えてしまった。
彼女の繰り出す情熱的な言葉や仕草は
愛や心から来るものではなく、
蟻塚を蹴飛ばす子供のような、
屈託の無い遊び心から産まれたのだと知ると、
心地よかった夏の夜は今では少し冷ややかで、
私を置いて熱を帯びるネオンや彼らを見ると、
夜叉は堪らず疼き出す。
彼は言う「私の心を弄んだ裏切り者め!」
「肉欲に溺れた醜い娼婦め!
貴様は性病に倒れる運命だ!」
憤りのままに言葉が溢れる。
だがそれ以上に広がる虚しさを否定するように、
あの決定的な瞬間を何度も思い出し、
冷静な私にまで怒りを広げようと試みるが、
彼はあっさり止められた。
何かを言いたげに燻る彼へ慈悲も無く
自分でさえ驚くほどに
常に私は酷く冷静でいた。
そんな私が彼に下した評価は、
″幼さの残る凶暴性を含んだ恐怖感″
と言うものだった。
あらゆる事象を前にしたとき、
他人への配慮を気にする間もなく
条件反射で感情や言葉が溢れる幼さが有り、
私の知識を用いた凶暴な発想が有り、
現在以上の苦痛を常に恐れていたからだ。
しかし、彼が私である以上は
私が一方的にそれを嫌悪する所ではないのだ。
むしろ彼の考えは実に人間らしく
″防衛本能″という点においては
順当だと言えよう。
だが私も人間である以上、
野暮な優劣を付けたくなるもので、
いつも彼を見下すように見てしまうが、
実の所、私は彼に嫉妬している。
思いのままに暴れだし、
迷いは有りつつ、何に対しても全力で、
私よりも人間らしさを持った彼が
堪らなく羨ましいのだ。
であれば必然、私は私を疑い始める。
本当の夜叉は私自身なのではと。
-夜叉との巡り会い-
喧騒を前にして、
思わず適当な柱を背に辺りを見渡す。
すると、騒々しさは不思議と薄れ
私以外の音や声が全て
この顔を伺う敵に見えてしまう。
だのに冷静を気取る心臓は、
鼓動の度に重くなり、
終には足が止まってしまう。
頭の奥がワーンっと響く。
限界の合図だ。
鉛になった足と心臓を
鼓動が叩き起す。
汗ばむ額とは裏腹に
脳はスッと冷えていく。
身体中で起こる異常に対し
心ばかりは冷静で
静寂とも思える落ち着きが
私を更に嫌悪させる。
閉じた心でも
音まで塞げないのだから
震えが止まらないのだ。
-静寂に包まれた部屋-
眠れない僕を置いたまま
眠ってしまったこの街に、
僕が眠れる程の居場所が
まだ眠っているだろうか。
-ねどこ-
風も明日も声も要らない
心すら野暮になるほどに
届かない熱の中に咲いた
君の横顔に鼓動が鳴った
-花は遠く-
泣きたくなる日は、
いつも石の香りがした。
溢れないように見上げても
地面の方から寄ってきて、
じっとり鼻腔を這って来る。
通り雨だと言い聞かせ
五月蝿い蛙に耐えながら、
いつか光を浴びるまで
頬を這うのは弱さか雨か
知らない私は晴れぬまま。
-ぺトリコール-