自転車に乗って、風を切りながら、先を進む。
それが心地よくて、スピードを上げる。
上り坂は、はぁ、はぁ、と息を切らしながら。
下り坂は、ブレーキもかけず、ペダルから両足を離してその勢いに、身を任せて。
そうして、辿り着いたのは、自分だけのとっておきの場所。
自転車から降りて、大の字になって寝転ぶ。
こんな姿になっても、誰にも咎められない、最高の時間が過ごせる唯一の場所。
今日も、疲れた。
嘘の笑顔を、貼り付けて1日過ごす。それを毎日繰り返す。
いつから、そんなことをするようになったのかなんて、覚えてはいないけれど。
"自分を保つ為"に、"自分を偽る"。
決してこれが、賢い生き方なんて思ってはいない。
それでも、そんな風にしか、生きれない。
心が壊れないための、自己防衛。
でも、苦しさは塵のようにじわじわと積もって来るから、そんな時は、その思いを書き殴ってスッキリさせる。
そうしてなんとか、心の健康を保っている。
最近、よくSNSで見掛けるようになったストリートピアノ。
私の通学区間である駅にも、設置されてからは結構な賑わいを見せている。
その中でも、とある男性の演奏は、この辺りではすっかり有名になっていた。
その男性の演奏を聴きに、わざわざこの駅まで来る人もいるくらいだ。
(あ、今日もいる…)
噂では、プロじゃないかと囁かれているけれど、そんな人がこんなところに毎日のように来るかなって疑問がある。
(詮索はよくない…これが聴けるなら小さなことだよ、うん…!)
好奇心を抑え、私は今日も、彼の奏でる音楽に、耳を傾ける。
灼熱の空の下。風に煽られて飛ばされたのか、大きな麦わら帽子が、足元にコツ、と当たった。
「はぁ…っ…はぁ…よかっ…た…拾っ、てくれて…助かっ…た…」
全速力で追いかけてきたようで、息が上がっている幼馴染み。
「これ、おまえの?ほら。飛ばされないよう気を付けろよ」
拾ったそれを、彼女の頭へと被せる。
「ありがと!これ、大事な帽子だったから失くさないでよかったよ」
それはそれは、嬉しそうな笑顔で言うものだから、少し気になって訊いてみた。
「へぇ。誰かからのプレゼントか?」
「うん!お婆ちゃんが編んでくれたの!すごいよね!」
「……お婆ちゃん?」
「うん。お婆ちゃん。…どうしたの?」
そうだ、こいつはお婆ちゃんっ子だった。
「…なんでもない。そんな大事なら、こんな風の強い日に被ってくるなよ」
「でも、はやく被って出掛けたくなっちゃったから。それに、夏くらいしか、被れないし…」
「それで大事な帽子飛ばされて失くしたら、元も子もないだろ。お婆ちゃんも折角編んだ帽子失くされたら悲しむぞ?」
「それはイヤ!お婆ちゃん悲しませたくない!」
「なら、今日みたいな日は被らないこと。わかったか?」
「はーい…」
全く、世話の焼ける幼馴染みだ。
上手くいかなくったっていい。
それは、自分を保つ為の言葉。
たとえ、上手くいかなくったって、たいした犠牲なんてない。
大丈夫、次がまだあるじゃないか。
と、言い聞かせる為の言葉。
だって、そうでもしなきゃ、豆腐メンタルの人間なんて、直ぐに折れるんだから。
そりゃもう、簡単に、ポキッとね?