それなりにちやほやされて育てられたと思っている。
仲間や友人にも恵まれたほうだろう。
世の中がきな臭くても、この小さなパブでは、皆何でもない風を装っている。
結婚がうまくいかなかったとは思っていない。
夫は悪い人ではなくいつも優しかった。
恋心は持っていなかったが、夫を愛していた。
帰って来ないと知ったとき、枯れたと思っていた涙が流れた。彼のために泣けるまでの心がまだ残っていたのね。
今日も、パブに立つ。
お客さんたちはわたしを待っている。
いっときすべてを忘れて、店主を持て囃すことが、彼らの心の安寧に繋がる。夜のパブにしか来ない客もいる。
わたしはあの空間が好きだ。
『蝶よ花よ』
ずっと、この店を守っていくものだって、そう決まってるものだって思ってた。
今は、お店を守りたいって思って、そうしてる。
結局、私はこの店が好きだから、この店を守りたい。
でも今の店は、昔とは少し違っている。
たくさんの色とりどりの花にあふれ、光を反射してきらめいている。
濡れ羽色の美しい羽飾りも増えた。
それが昔からそうであったかのように、私の心に馴染んでいるのが嬉しい。
『最初から決まってた』
キリリとネジを巻くと、コツコツ、という妙に大きな音が時を刻み始めた。
長針と短針が重なると、どこにそんなものを積んでいるのか、古ぼけたオルガンのような音が、ボワボワと軽快な旋律を奏でる。
それにあわせて、からくりの小人たちがぎこちなく動き出す。
歯車とバネがカチカチカタンというのが、小人たちの動きに妙に合っている。
曲が終わると、ボーン、ボーンという鐘の音が、もったいぶったように、貫禄を見せつけるように、ゆっくりと時を告げる。
カチリ、と長針が六十分の一を動くまでの一分間に、大名行列を見たようだった。
『鐘の音』
最初は、じーさんに頼まれたからってだけの理由で、あいつの手助けをしてやったんだ。
ま、ちょっとした報酬に釣られたってのもあるけどさ。
けど、結局最後までは面倒みきれなくって、あとはあいつがうまくやることを祈るだけになっちまった。
正直、分の悪い賭けだと思ったね。
でもあいつはやり遂げた。
ちょっとは根性あるんじゃん。
それから、あからさまにつまんない仕事が押し付けられてきて、あいつ本人は不器用ながらもへこたれずになんとか頑張ってる。
オレは、オレ自身は最近ちょっとへこたれてたかもしれないなって。あいつを見て思ってさ。ちょっとだけだけど。
仕方ない、明日も仕事すっかーって、ほんの少しだけ、さっぱりして寝ることにするわ。
『つまらないことでも』
もしも、あの子が天使なら、目が覚めるまでに空に帰っていてほしい。
そしたら、今夜のことは全部夢だったって思うことにするから。
目が覚めても、まだあの子がそこにいるなら。
きっと、すごくわくわくすることが始まったんだって、期待してしまう。
このすすかぶりの毎日を、キラキラに変える何かが。
『目が覚めるまでに』