2023/06/04 【狭い部屋】
「ただいま〜」
玄関に妙に掠れた声が響く。
「お帰りなさい。テストどうだった?」
母が上機嫌な様子で出迎えてくれる。私は今日返された定期テストの結果を無言で母に渡す。
「今回も学年一位。よく頑張ったわね。」
ありがとう、お母さん。私は母にお礼を言って、そのまま二階の自室へと向かって階段を登り始める。部屋に入る寸前、リビングでくつろいでいたであろう父と母との会話が聞こえてきた。
-見て!今回のテストの結果。
-ほお、またすごいなあの子は。
-この成績なら、東京の有名大学への進学も夢じゃないわね。
私は部屋のドアを閉める。さっき聞こえてきた母の言葉が、小学生の頃から使っていて、今となっては狭く感じるこの部屋に、妙に響いたような気がした。
今日は進路相談の日だ。まあ大体の進路は決まっていたし、特に緊張もしなかった。
「お前、東京のN大うけるのか?」
-はい。そうですけど。まあ田舎ですし、ちょっと遠いですけど。
「お前はそれでいいのか?」
何を言っているのだろう。確かにここは偏差値すごく高いけど、入れそうならいい大学に入っておいて損はないし、特に私はいやだとか思っていないのだけれど。
「まあ、もっと視野を広げてみるのもアリなんじゃないか?」
私には、先生の言ってることがわからなかった。
自室で勉強している時、部屋に着信音が響いた。携帯を見たら、メッセージが入っていて、その主は今年大学1年目になるいとこからだった。
-元気にしてる?そろそろ受験だよね?大学とか決まったの?あんたならどこでもいけると思うけど、好きなところに行くんだよ!
まったく。本当に過保護なんだから。メッセージを読みながら私はため息をついた。そんな時、メッセージと一緒に写真も送られていることに気づいた。その写真は、いとこが通っている大学のものだった。
-その写真は、すごく輝いていた。
大学は自然に囲まれていてすごくのどかな場所にあった。空もすごく綺麗な青色をしている。そういえば東北の方の大学って言ってたっけ?
写真の中には従姉妹の友達らしき人も写っていた。すごくいい笑顔。本当に楽しそう。
-いいな。私もこんな大学に行きたい。
私はいつのまにか、持っていたシャーペンを放り投げて、学校でもらったたくさんの大学のパンフレットへ手を伸ばしていた。
「お母さん、私行きたい大学があるんだけど。」
-何?東京のどこか?
お母さんはすごく期待しているような表情をしていた。それゆえに、私が行きたい大学のパンフレットを見た時はすごい驚いたような表情をしていた。
先生の言っていたこと、いとこの言っていたこと、今ならわかる。狭い部屋に閉じこもってなくてもいいんだ。もっと広い世界を見ていいんだ。
-だから、私もたくさん見てみたい。
私は、写真に写っていた、東京のように建物で隠れた小さく暗い空ではなく、どこまでも続いていく広く青い空を思い浮かべながら、一人暮らしするときは、もうちょっと広い部屋に住もうかな、なんてことを頭の隅で考えていた。
2023/06/03 【失恋】
失恋するって、ちょっと羨ましい。
あんまりいいものじゃないのかもしれないけれど、私からしたら十分にいいなって思えることなんだよな。
-いや、私は失恋の前に、恋すらもできていないのかもしれない。
前よりマシになったけど、私は気になっている異性のことを素直に「好き」とか「推しだ」とかいえない。
昔はアニメの、推しのキャラクターの男子のことすら、好きだなんて、恥ずかしくていえなかった。
今、男子の先輩で、誰かを「推しだ」とか言っても、自分でもはっきりわかる。これはちょっとした興味で、人としてって言う意味だっていうことが。
逆に本当にドキドキする人のことを、女友達でも絶対に好きとかいえないもん。
いまだに、プライドが邪魔して本当の気持ちが言えない
-だから、失恋するって、ちょっと羨ましい。
失恋したってことは、好きな相手にしっかり向き合って自分の気持ちを伝えなきゃそんなことには絶対にならない。
-私は、自分の気持ちにすら素直になれないのに。
気になってる人がいても、
「あっ、これはクラスが男女でちょっと壁ができてて、私が過保護すぎるから気になるんだろうな。」
っていつも言い訳してる。
いいわけじゃないのかもしれないけど、こうやって自分の気持ちを明確にせずに、いっつもはぐらかしてる。
だから私は、恋すらできていない。きっとできていない。恋することすら怖がっている私には、失恋なんてもってのほか。
-だからやっぱり、失恋するって、ちょっと羨ましい。
[正直]
私はクラスの中心人物。みんな私が大好きで、いつもよってきてくれる。何もしなくて、周りにはいつもたくさんの人がいる。
でも、他にも目立っている子がいる。
いい意味でも、悪い意味でも。
その子は自分の好きなことにまっすぐで、いつもキラキラしている。逆にまっすぐすぎて、ちょっとしたことでも気になったらその子が止まらなくなって、ちょっとうざいって思ってる人もいる。
だから、色んな意味で目立っている。
-でも、結局はみんなその子の周りに集まって行く。
その正直でまっすぐなところが、なんだかんだ憎めないんだろうなとは思う。うざいって言ってた子も、結局はその子のところに行くし。
-でも、私は好きになれない。
別にその子が悪いわけじゃない。その子が私に何かしてきたわけでもないんだし。ただ、その正直なところが羨ましい。
-羨ましい。
-ずるい。
-妬ましい。
-嫌い
なんで正直に生きられるの?
どうしてそんなに自分をさらけ出せるの?
みんなはなぜその子の周りに行くの?
-みんなは、怖くないの?
みんなだって私と同じでしょ。なのになんで?怖くないの?
私は怖いよ。いつかみんなにバレるんじゃないかって。
-みんなが大好きな私が、偽りだらけの私だってことが。
2023/6/3
[梅雨]
雨の匂いがする。
濡れたアスファルト。窪んだ地面にたまる水たまり。
-そこに映る、自分の姿。
みんなは梅雨の時期が嫌いって言う。
髪が湿気でうねるとか、靴下が濡れるとか、部活ができなくなるとか。
-でも私は、この時期が、雨が降る梅雨が大好き。
傘をさしているときに感じる降りしきる雨の音も。雨が降るたび波紋が広がる水たまりも。草木から滴り落ちる雨粒も。
梅雨の時期なんて特に、雨の日が多くて心が躍る。
でも、本当に心が躍る理由は、晴れの日がいつもより輝いてみること。光り輝く太陽に照らされたアスファルトも、まるで真珠をつけているような植物たちも。いつもは鬱陶しい蜘蛛の巣でさえ綺麗に見える。
だから私はこの時期が大好き。
-いつも嫌いな自分の姿も、水たまりに映る姿なら、
いつもよりちょっとだけ好きになれるから。
「天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、君が今日僕と一緒にいてどう思ったかってことだよ。」
「どうしたの、急に。」
「だってさっきから、『そうだね』とか『私も』とかしか言ってくるれないし。楽しいって言ってくれたけど、僕と一緒にいて本当に楽しいのかも、よくわかんないし・・・・・・」
-仕方ないじゃん。そう言う答え方しか知らないんだもん。
水族館に行って、高校生が行くにしてはちょっとお高いところで食事して。普通に考えたら最高のデートなんだと思う。「非日常的」なことをしてくれると、誰でもドキドキしてくるものだし。
-でも、私にとって日常とそう変わらない。
結局は、いつもと同じ。
楽しいんだろうなって思ったら、私も楽しそうにして。笑って欲しいんだなって思ったら、完璧な笑顔で笑ってあげる。そうゆう「日常」で生きてきたから。今日も同じことをしてるだけだから。
-でも、空はいつも違う
おんなじ「日常的」な毎日でも、明日の天気によって「非日常的」な日々を私にくれる。
晴れの日は、みんなが綺麗に見えて、曇りの日はちょっといつもより世界が灰色に見えて、雨の日は頭がちょっとだけ痛くなってイライラして。
そんなちっちゃな変化が、私にとっては大きな変化だから。
-だから私は、素直な気持ちを口にしただけなのに。
今日はそごくいい天気で、食事をしたところから見た景色も綺麗で、水族館のイルカのショーも、イルカがジャンプした時に太陽の反射ですごく輝いて見えた。
-だから天気の話をしたのに。
-だから「日常的」な日々の今日でも、私なりに君といた「非日常的」な今日の感想を、精一杯伝えただけだのに。