何でもないフリ
何年か前、父が退職する少し前だったかと思う。母が言った。
「お父さんはいつも同じように帰ってくるよ。仕事から帰って来る時、いつも態度が変わらなかった。……偉かったよね」
父は仕事の愚痴を家で言う人ではなかったので、いろいろあることを察したうえでの母の言葉だった。
自分が家庭を持ってから、その意味がよく分かるようになった。不機嫌を家に持ち込まれると周りはまあまあ気を遣う。
何でもないフリは、父の意地と家族に心配をかけまいとする思いやりだったのだろう。
高校卒業からずっと同じ小さな会社で働き続けた父。有給休暇などなかった。
長い間お疲れ様でした。でも心配をかけないようにされるのも心配なんだよ、お父さん。
#115
仲間
わたしは、このアプリをしている方を、文字を綴る仲間と思っています。(何人くらいいるんでしょうね?)
誰に読まれなくても仕方ないと思いながら始めたけれど、読んでもらったことがハートでわかるから嬉しくて。
その嬉しさは、続けるための大きな力になっています。
ありがとう ♡♡♡
#114
手を繋いで
手は繊細で、
だけどとっても我慢強いから、
誰とでも手を繋ぐことは、多分できる。
だけどあたしが、
この手を繋ぎたいと思うのは、
好きな人だけ、
心を繋いでいきたいと思う人だけなの。
わかってよ。
#113
ありがとう、ごめんね
ありがとう、ごめんねを素直に言える方がいい。
それが正しいことだからとずっと思っていた。
でも違った。
それを言える子の方が幸せなんだ。
ありがとう、ごめんねを素直に言えないあの子は、
いつも小さな肩を精一杯怒らせている。
何度も傷ついてきたことを隠しているんだろう。
あなたが一番優しくして欲しい人達は気づいていないんだ。
繰り返される言葉の棘は、柔らかな心を固くしてしまう。
皮肉も婉曲も要らない。
それは大人に使う技術で、子ども達を幸せにしない。
愛しているなら傷つけないで。
愛してることを素直に伝えて。
それだけでいいのに。
#112
部屋の片隅で
「今日も元気そうだね」
一人暮らしの部屋の片隅で呟く。
そこには丸っこい緑の葉を茂らせたホンコンカポックを置いている。この子がうちに来てから2年ほど経っていて、この前高さを測ってみたら140cmを超えていた。
物言わぬ緑に話しかけながら、はたきで葉の埃をそっと払うと、艶のある葉がさらに光沢を増した。
このホンコンカポックは元カレからのプレゼントだ。
「花ってキレイだけどすぐ枯れちゃう」と私が溢していると、
「初心者向きって言ってたよ」と彼は子供みたいに得意気な顔で買ってきてくれた。嬉しかった。
でもその彼とは、ちょっとしたケンカがこじれて、半年前に別れてしまった。それもこの子は見ていた。
別れた時はつらくて捨てようとしたけれど、結局捨てられなくて今も一緒に暮らしている。
私はこの子を相手に話す癖がすっかりついてしまい、いろいろな話をしては落ち込んだ気持ちを慰めてもらっている。
まだ、彼との別れは納得できていない。でもいつまでもこのままではいられない。
「ねえ、もう捨てたりしないからさ。そろそろ吹っ切ってしまおうかな」
あんたはそばに居てくれるもの。
私はスウェットのポケットからスマホを取り出した。そして目を閉じて深呼吸を一つすると、リストから彼の連絡先を消した。
#111