距離
いくら便利になって、ビデオ通話やいろんな連絡方法が増えても、会うことには敵わない。
距離が遠く離れるほど、心も離れていく。それは寂しいけれどよくある話。
だからあの時、私たちは必死だった。
お互いの気配をそばで感じたかった。二人でいれば大丈夫と信じてた。
なのに今、一緒に暮らしているのにすれ違う。目線が合わない。見るのはお互いの背中ばかり。
私たちはどこで間違えたんだろう。
二人でいるけど悲しいと思ったらいけませんか。
こんなに苦しいなら一人になりたい。
そう思ってしまうのは。
#105
冬のはじまり
一、朝、布団から出られなくなる。
二、長袖のヒートテックを着始める。
三、玄関から外に出れば、朝の冷たい空気に吐く息がほのかに白く見えた。冬がやって来たね。
四、会社の帰り、駅から家に歩き始めると指先が冷たくなってくる。まだ手袋を使うほどじゃないと、ポケットに手を入れる。
今、あなたと手を繋げればいいのにな、なんて思いながら。
#103
昨日は出先にスマホを忘れて間に合いませんでしたので、まとめて投稿します。
泣かないで
薄暗くなってから近所の公園に呼び出された。親に言い訳をして急いで向かうと、公園のベンチに従姉妹の姉ちゃんが俯いて座っている。あー、またか。ため息を一つついて、思った通りを声に出した。
「また、振られたの?」
「違う! 振ったの! 二股されてたなんて……!」
オレの遠慮のない言葉に、勢いよく顔を上げた姉ちゃんは噛み付くように言った。
まだまだ元気があるみたいだな。
「あいつ、あんまり感じ良くないって、オレ言わなかったっけ?」
「言ったけど……。優しい人だと思ったんだもの!」
四歳年上の従姉妹は、いつになったらオレの気持ちに気づいてくれるんだろう。
ずっと子ども扱いするくせに、こういう時は呼び出すなんてズルいよな。
「泣かないでよ。そんなやつと別れて正解じゃん」
自販機で買った温かいカフェオレ缶を渡して、隣に座った。姉ちゃんは鼻をすすりながら、ありがと、と呟く。白い両手が温かいカフェオレ缶を包み込んで、その手に涙が落ちた。
だから言ったのに。
腹だたしいけど、目と鼻を赤くして大粒の涙を零してる姿を見れば、やっぱり胸が痛むんだよ。オレならこんなに泣かせたりしない。
でも、泣くならオレの前だけにして。
早く大人になりたい。伸ばした手でそっと小さな背中を撫でた。
#104
終わらせないで
アンコールが始まる。
これで終わり。
この2daysのために、残業だらけの日々を頑張って来たんだから、
今夜は思い切り弾けてしまおう。
ざらざらした声のシャウト。
重低音が全身に響く。
突き抜けるようなハイトーンボイスに鳥肌が立つ。
衝き上げる拳と歓声。
お腹の底から声を出して。
会場の興奮が渦のようにうねって、螺旋を描いて高く高く舞い上がる。
どうか終わらせないで。
ずっとこのままで。
#102
愛情
愛ほど歪んだ呪いはないよ。
愛は勝つ。
愛を冠する数々の名言が世の中に現れるように、愛情って私たちから切り離せないし、心の必須栄養素なんだと思う。
料理上手の母や時々は父が、家族に作ってくれるご飯にはその栄養がたくさん含まれているんだろう。ご馳走も良いけど、自分ではなかなか作れない、ちょっと手のかかる品も良くて、そういう品の数々がテーブルに並べられると嬉しくなってしまう。
娘はここのお味噌汁の方が美味しいと言う。いいことかもしれないけど、結構ショックだった(泣)
亡くなった義父も料理上手でとても優しい人だった。あの年齢にしては珍しく、レンジも駆使していろいろ作ってくれた。
義父が亡くなった後、家の掃除を手伝っているとレンジで作るお料理本を見つけた。義母の本かと思ったけれど知らないと言う。義父はこんなの読んでいたんだなあと微笑ましかった。その本は私が貰って、今も役に立っている。
言えば怒られちゃうんだろうけど、義母の手料理はあまり記憶がない。「私は煮物が得意だから」とは何度も聞いたけど、食べさせてもらったことはないような……。
でも私たちが訪れる時には、果物好きな孫のために必ず美味しい果物をたくさん買って待ってくれている。自分はほとんど食べないのにね。
#101
微熱
体が熱い。ひと月前からずっと背中がじりじりしている。微熱のような毎日。
気になっている人が、席替えで後ろの席になった。
好きな本が同じ。
それからいつの間にか目で追って、耳をそばだててしまっている。
すごく頑張ったから時々話はできるようになった。今はちょっとだけ仲が良いクラスメイト。
ホームルームでプリントが配られ始めた。前の人から受け取ったプリントを後ろに回す。
ただそれだけなのに、いつも手が震えそうになって息を止める。
「はい、これ」
精いっぱい平静なふりをして、プリントを差し出す私の手と、受け取る彼の手が重なった。
少しカサついて冷たい手。
カッと体が熱くなった。全身の神経が手に集まったみたいで、じんじんする。心臓まで痛い。
触れた手から発火しそうで、周りの音が一気に遠くなって、教壇の先生の言葉もまるで頭に入ってこない。
――こんなの私だけ。きっと気づいてもいないんだろうけど。
ぼうっとしたままホームルームが終わり、潮が引くように皆が帰っていく。私も行かなきゃとカバンを引き寄せる。
「あのさ、」
その声に私は弾かれたように振り向いた。立ち上がった彼が私を見下ろしている。
「なに……?」
喉がカラカラで声が掠れてしまう。彼の唇がゆっくり動いた。
「手、熱いよね」
#100